しばらくして妻と娘が帰ってきた。
妻が、「どこかへ行ってたの?」と聞く
「あぁ、気晴らしにバイク乗ってコンビニ行った。」
「そう。」
いたって普通に返す妻。努めてそうしているのか、特に何も考えていないのか…
金曜日
朝から気分がいい。
病気の事を忘れている訳ではないのだが、悩みなんて無いように感じる。開放感とでも言うべきか。
特に何も解決していないのだが、開放感がある。
多分今だけだろう…取り敢えず「今だけ」の開放感を味わう事にする。
今日は、どう過ごそうか…
といっても、産休中の妻と生後3ヶ月のやっと首のすわり出した乳飲児と3人だ行くところは限られてくる。
結局近くのイオンモールに行く事になった。
平日のイオンは、閑散としているかと言えばそうでも無い。以外と人は多い。
サービス業の人だろうか、男性客もそこそこいる。
世間から我々家族はどう見られているのだろうか?恐らく、サービス業の夫とその妻、生後間も無い娘。そこそこ幸せに過ごしている家庭。そう思われているのだろう。
実際、不幸のどん底か?と聞かれれば、そんな事は無いが、かなり大袈裟に表現すれば、私は間も無く無職となり、次の就職も困難な病に侵されているのだ。幸せの絶頂という訳にはいかない。
まだ、普通に就業していた頃は、「働けない」という事がどういう事なのか、どんなに辛い事なのか、全く気にしたことも無かった。
「普通に働ける幸せ」が無いという事は地味だが辛い。
日本人にとって、就職、就業とはアイデンティティーの一つだ。
職に就いていないもしくは、「フリーター」と言うだけで、世間は見下す。
私は以前、健全に働けていた頃にコールセンターでスーパーバイザーと言う職に就いていた。
この職はコールセンターで電話を受けるオペレーターの管理や指示、研修教育、オペレーターで対応しきれないクレームの対応等が主な仕事だったが、オペレーターは、パートの主婦か、所謂フリーターのどちらかだ。
そこで私も、フリーターを選んでいる彼等、彼女等に若干蔑んだ感情を持っていた事は否定できない。だからこそ、能力の高いオペレーターに対しては、社員となれるよう上司と相談し何名かは社員登用もした。しかしそのオファーを断るオペレーターもいたのだ。理由はフリーターの方が気が楽。責任を背負わなくていいから。と言うものだった。その頃の私は、「なんだそれ、ただ甘えてるだけじゃないか、社会人なんだから責任ある仕事をして当然じゃないか?」などと自分勝手に思っていた。しかし今思えば、彼等彼女等の中には私と同じ病の為、フリーター選ばざるを得なかった人もいたのだろうか?だとすれば、今の自分の状況は天から「自分で身を持って体験しろ」と言う天命なのだろうか?
下らない事をどんどん飛躍して考えてしまう。
明日は土曜日カウンセリングを受けに行く日だ。
どんな事を話すのだろうか?
事前に話しておきたい事を考えておこうか?
いや、その場で出てきた言葉で話したほうがいいのだろうか?
そんな事を考えながら夜は更けていった。
土曜日
カウンセリングの日だ。
カウンセリングを受けるかかりつけの心療内科クリニックまではクルマで1時間ちょっとかかる。以前住んでいた市の駅前にあるのだが、昨年秋に引っ越した為、少し遠い。
朝から用意をして、クルマで出かける。
土曜日の午前中だというのに決行混んでいた。
天気がいいので、皆行楽にでも出かけるのだろうか?
羨ましい。こっちは心療内科へカウンセリングを受けに行くのだ。全く心の高揚感が正反対だ。
クリニック付近に到着しても駅前のせいか、近くのコインパーキングが空いていない。
仕方なく少し離れたコインパーキングにクルマを入れた。
お陰で11:30の予約に11:29に到着。
幸い過ぎていなかったのでそのまま診察券を出してベンチに座る。暫くして(と言っても10分ほど待っただろうか)呼ばれた。
カウンセラーが「処置室」と掲げられた扉から出てくる。
若い。
事前に男性だとは聞かされていたが、思っていたより若い。
見た目で推測すると年齢は20代後半か?
ヒョロっとした見た目にメガネをかけ、少し長めの髪をセンターで分けている。
「処置室」に入る。
中には、様々な動物のフュギュアがズラリと並んだ棚がある。テレビドラマなどの精神科の診察室でよく目にする物だ。多分「箱庭」を作らせて深層心理を見る時に使うものだろう。
カウンセラーが自己紹介をし、早速聞き取りが始まる。
「どのような事をお話しになりにこられましたか?」
そうきたか…どのような事と言われても…
「先生に適応障害と診断されているのですが、恐らく適応障害くぉ発症してから、職業が安定しないんです。どこも1年以上もった試しがなくて、今回も症状が強く出てしまって、会社にいられなくなってしまって、早退してその後2日間会社を休んでいます。なぜ、こうなったのか、どうやったら抜け出せるのかを知りたいのですが…」
「会社に居られなくなるっていうのはどう言う感じですか?」
「なんていうか表現が難しいんですが、とにかくその場に居たくなくて、別に家に帰りたいっていうわけじゃなく、会社から出たい帰りたいって思ってしまう。最後には息苦しいようなとてつもなく緊張した時のような状態になる。」
「その時、身体に何か症状はありますか?熱が出たりとか…」
「その時はわかりませんが、何度か熱が出て会社を休みました。お腹を壊した事もあります。」
「わかりました」
その後も取調べのように様々な事を聴取される。
今までの仕事の経緯
その時々の感情
妻の事
妻への感情
家族の事
家族との今までの思い出
少年時代の思い出や強烈に残っている事
両親をどう思っているか
など1時間半ほど聴取が続き
「大体わかりました。それでは、今までの聴取を踏まえた上で今、どのような心境で会社で発作が起きている時どうゆう状態なのかお伝えしますね。」
と一通り質問の回答を聞きメモを取っていたカウンセラーが切り出した。
「まずあなたは、自分自身にとても厳しいのだと思います。」
意外な分析結果だ。
私はてっきり、「自分自身に甘い」と言われると思っていた。
「自分自身に厳しいので、ここまでしか出来ない自分が許せない。会社に行けないのは、その場所に行くと許せない自分が見えるから」だと言うのだ。
更にカウンセラーは続ける。
「恐らく、お父様との関係にもポイントがありそうですね。多分、ご自身でお父様にみたいになりたくないと思っているのに関わらず、どんどん似てきているなぁ。と自覚してらっしゃるんですね。だからジレンマに陥っている。」
確かにその通りだ。
私はあまり父親が得意ではない。若干ではあるが軽蔑していた事もある。
しかし自分自身もふとした時に父親とソックリな言動をしたり行動を起こしたりしているいてソレに気づいてゾッとしたりする機会がここ最近、増えた。
今でこそ父は病気がちの母を支えてくれており、夫婦仲も良好で私の病気の事にもある程度理解してくれているようで、特に何も言及しないが、あまり進んで会話はしない。父と息子とはどこの家庭もそういうものなのかも知れないが、取り敢えず会話は少ない。
カウンセラーは続ける
「だからと言って、今すぐに会社を辞めなければならないわけではないが、今のままでは同じ事の繰り返しは続くと思われます。」
そう締めくくった。
参った。よくよく考えてみればそうだが、カウンセラーは別に私の道筋を照らしてくれるわけではない。
あくまで、自分自身が今どう言う状態なのかを客観的に分析してくれるだけなのだ。
まぁそれだけでも少し胸のつかえは取れた気はしたが、今現在の根本的解決にはなっていない。
帰りのクルマの中では、またしても「会社どうしよう」という言葉がグルグル頭の中を回っていた。
