リナ「ただいま~」

 

 

はる「おかえり、リナ」

 

 

専用スタジオを去って暫く。以前の部屋を引き払い済みの私は、リナの所に転がり込んでいた。

 

 

リナ「ああ、もう今日は疲れちゃった。取引先のお偉いさんのセクハラが酷くて」

 

 

はる「お疲れ様。リナって外面完璧だから、気に入られちゃうんだろうね」

 

 

リナ「外面だけ?」

 

 

はる「ふふ、うそうそ。外も中も完璧」

 

 

リナ「よろしい!」

 

 

はる「ご飯出来てるよ。お風呂もわいてるし」

 

 

リナ「なんか、日に日にアンタの主婦スキルばかり上がってくね……でも同じぐらい脚本家もしてるし、いいのかな」

 

 

はる「さてと。ご飯とおかずは並べてあるから、好きに食べてね」

 

 

リナ「一緒に食べないの?」

 

 

はる「作りながらつまみ食いしてたから。それに脚本書きたいの」

 

 

リナ「はる……」

 

 

(今の私は、完全にスタート地点に戻っちゃった。例の異物乗せの横山さんに干されてるんだから、ゼロ地点どころかマイナスだよね)

 

 

恭平さんにも、伸也さんにも、もう会わない。そんな私が脚本家として仕事をするには、自力で突っ走るしかないのだ。

 

 

リナ「でもさ……少しぐらい休憩したらどう?」

 

 

はる「え?」

 

 

リナ「頑張ってるのは分かるけど、あまりにもパソコンに向かいすぎ。心配だよ」

 

 

はる「ごめん……でも今やっておかないと、後々大変になっちゃうから。大丈夫!一区切りついたら、2人でショッピングでも行こうね!」

 

 

リナ「約束だよ?新作コスメ、一緒に見に行ってよ?超美人のBAさんに、化粧の駄目だしとかされて落ち込もうね」

 

 

はる「あはは、何それ~!」

 

 

(……リナ、ごめんね)

 

 

笑いながら、心の中だけで謝る。私が脚本に熱中する本当の理由は、彼女に言えないから。

 

 

(何も言わずに黙って出てきて、怒ってるだろうな……ダメだ。今は脚本に集中しなきゃ)

 

 

そう思いパソコン画面に集中したのとほぼ同時に、リナがテレビをつけた。

 

 

 

タロさん『それではご覧いただきましょう』

 

 

子アナ『REVANCEでテレビ初披露の新曲で……』

 

 

(あ……)

 

 

リナ「見て見て!今日のNステ、REVANCE出てるじゃん!」

 

 

はる「……」

 

 

リナ「あーあ、やっぱり行きたかったなぁ。10周年ライブ」

 

 

はる「……」

 

 

リナ「はるのおかけで打ち上げまで参加できたのは、一生に一度きりのラッキーだよね~」

 

 

はる「ごめん。私、ちょっと外の空気でも吸ってくるね」

 

 

リナ「えっ、もしかしてテレビうるさい?」

 

 

はる「違う違う、単純に外に出たくなっただけ。おみやげにお菓子でも買ってくるから。じゃあね」

 

 

リナに訝しまれていませんように。そう願いつつ、テレビのREVANCEから逃げるように私は部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はる「お願いします、どんな小さな仕事でもいいんです!」

 

 

翌日、私はテレビ局を訪れていた。言うまでもなく脚本の営業をするためだ。

 

 

TV局員「そこまで頼まれると、聞いてあげたいんだけどね。僕も君の本は好きだし」

 

 

はる「じゃあ……!」

 

 

TV局員「でも駄目なんだよ。君を使ったら、僕や周りの人間にもとばっちりが来る。横山さんを怒らせたこと、忘れたわけじゃないだろう?」

 

 

はる「あ……」

 

 

TV局員「悪いことは言わない。若くてやり直せる内に、別の道に行ったほうがいい」

 

 

はる「……」

 

 

(もう何連敗目だろう)

 

 

肩を落として局内を歩く。とその時、局内のスタジオの扉が開いた。

 

 

凪人「だから、さっきのアドリブは本当悪かったって」

 

 

恒太「ありえないでしょ。なんであんなアホ発言が出るんだよ」

 

 

恭平「2人とも騒ぐな。番組プロデューサーは満足してたし、いいだろ」

 

 

(恭平さんたちがいる!?こんな所で鉢合わせて、どんな顔をすればいいの!?)

 

 

走り去ろうと思う自分がいる一方で、どこか後ろ髪ひかれてしまう。

 

 

恒太「はあ、お腹すいて死にそう……」

 

 

崇史「カロリーバーならあるけど。食べるか」

 

 

(なんか……私がいた時と、皆少しも変わってないや。当然のことなのに、何を期待してたんだろう)

 

 

恭平「え……」

 

 

はる「っ!?」

 

 

(目が合っちゃった!)

 

 

驚いた顔の恭平さんが私を見ている。その唇が動くより先に、逃げるように私は駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

はる「どう思ったかな、恭平さん……」

 

 

テレビ局を飛び出して、そのまま帰路につく。いつか恭平さんと待ち合わせたスクランブル交差点は、今日も大勢の人にあふれていた。

 

 

(確かあの時は、ビルの巨大モニターをPVジャックして……あっ)

 

 

モニター『激動の10年を超え、ここにREVANCEの集大成が花開く……REVANCE10周年ライブ、開幕まで……』

 

 

(そうか、ライブはもうすぐなんだ。今はきっと一番忙しいんだろうな)

 

(恭平さん、またグリーンピース抜きのチャーハンを作ってるのかな……)

 

 

はる「今頃はニナさんが、私の詞に曲を入れて……またご飯食べるのも忘れて、伊織さんがフォローしてるのかも」

 

 

はる「アオちゃんが恒太さんに突っ込まれながら、ダンスの振り入れとかして。それから……」

 

 

 

 

 

 

厳しいプロデューサーの顔。

 

妖艶な笑みでファンを虜にするアイドルの顔。

 

そして、月明かりの中で私だけに向けられた優しい瞳…

 

 

出会ってから見せてくれた恭平さんの色々な表情が、浮かんでは消える。

 

 

はる「…今、どんな顔してるんだろう」

 

 

小さくつぶやくと、すぐ傍から女の子たちの熱っぽい囁きが響く。

 

 

女性1「見て、REVANCEのライブ宣伝してる。私チケット取れたんだ」

 

 

女性2「うそ!?羨ましいよ、私も行きたいのに~!」

 

 

女性1「いいでしょ~。チケットは譲れないけど、グッズなら買ってこようか?」

 

 

女性2「ううん!もう私も行く、チトッケないけど会場の外まで行く!声だけでも聞きたいもん!」

 

 

(チケットはなくても会場の外まで、か……)

 

 

モニターアップで映る恭平さんを見つめる。私は静かに手を握りしめたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女性1「ヤバイ、ペンライト忘れてきた……!」

 

 

女性2「何それありえない!早く物販で買ってこよ!」

 

 

女性3「ねえ、今日はテレビで伊織が好みって言ってった感じにしたんだけど……」

 

 

女性4「ファンサ貰いたいから気合い入れるよね~!」

 

 

あちこちから、悲喜こもごもの会話が響く。

 

 

(凄い人で、凄い熱気。さすがのREVANCEだな)

 

 

REVANCE10周年ライブの当日。私は結局、会場の外までやってきていた。

 

 

(私と同じような目的の人も、結構いるんだ…皆、チケットが欲しくても手に入らないんだもんね)

 

 

開場時間になり大部分のが会場に入った後も、広場にはファンが多く残っている。改めてREVANCEの人気を実感する。

 

 

(今回のライブ、アオちゃんがグッズデザインしたんだよね。そのグッズを大勢のファンが持ってるとこ、見たかったな)

 

 

はる「ニナさんが音入れた新曲も聞きたかったし、それから……なんて、未練がましいな…」

 

 

(会えるわけじゃないのに、何やってんだろ……)

 

 

帰ろうと会場に背を向けて歩き出した時…思いがけない人の登場に、思わず口が半開きになる。

 

 

伸也「はる?」

 

 

はる「し、伸也さん!?」

 

 

伸也「こんな所で会うなんて予想外だったな。俺たち、多分出会っちゃう運命なんだろうね」

 

 

はる「相変わらず、伸也さんはひょうひょうとしてらっしゃいますね」

 

 

伸也「そうでもないよ。内心ホッとしてる。一度はるを脅したから、もう普通に喋ってもらえないかと思った」

 

 

はる「あ……」

 

 

伸也「…REVANCEのサブマネージャーを辞めたって、噂で聞いたよ。もしかして……」

 

 

はる「……」

 

 

伸也さんは決定的な言葉は言わなかったけれど、私の沈黙が何よりの答えだった。

 

 

伸也「少し、話してもいいかな」

 

 

はる「あ、ちょっと……!」

 

 

返事をする前に、手を引かれて歩き出してしまう。

 

 

(物腰は柔らかいのに、、強引な所は相変わらずだな…)

 

 

 

 

 

 

 

 

伸也「さて、ここなら落ち着いて話せるな」

 

 

表広場ほど人のいない裏口付近は静かだった。

 

 

(確かに、ここなら話をするのに丁度いいだろうけど……)

 

 

 

はる「ごめんなさい。私はやっぱり帰ります」

 

 

伸也「駄目。せっかく見つけたのに簡単に離してなんてあげないよ。……ずっと、探してたんだ」

 

 

はる「私をですか?」

 

 

伸也「恭平から離れたのは、罪の意識に耐えられなくなったから?」

 

 

はる「……」

 

 

伸也「やっぱりそうか。君は優しい子だから、きっとそうだろうと思った。黙ってればグレネイドの詞が自分の書いたものだなんて、ばれなかったろうに」

 

 

はる「嘘をつき続けるのは……苦しいことですから」

 

 

伸也「恭平たちに本当のことは話したの?」

 

 

はる「いいえ。直接話す勇気はなかったから、手紙をおいてきました」

 

 

伸也「手紙だとしても、真実を打ち明けてから去る所がはるらしいな」

 

 

はる「伸也さんは何か勘違いしてます。私を美化しすぎですよ。私はずるい所や怠惰な所もある、普通の平凡な女です」

 

 

伸也「それでもね、その平凡な君に、俺はどうしようもなく惚れたんだよ」

 

 

はる「!」

 

 

身を引いた私を逃がさないよう、伸也さんが手首を掴む。その顔は真剣だった。

 

 

伸也「REVANCEの所をやめたなら、改めて言う。俺の所に来なよ」

 

 

はる「なっ……そんなの無理です!」

 

 

伸也「どうして。君の才能をこのまま埋もれさせる気?」

 

 

はる「私はそんな大層な人間じゃありません」

 

 

伸也「そんなことない。自信を持っていいよ。君のあの歌詞は……」

 

 

はる「あれは、恭平さんがいたから書けたものです!」

 

 

伸也「!」

 

 

はる「私は作詞家じゃない……恭平さんが好きだから。その気持ちがあったから、できたものです」

 

 

言いながら声がかすれる。鼻の奥がツンと痛み、私は涙を流すまいと目に力を込めた。

 

 

伸也「本当に一途だね。それだけ強く想われたら、どれだけ幸せなんだろうな。憧れるけど……でも俺は2番目でもいい」

 

 

はる「えっ?」

 

 

伸也「恭平を想って、一生1人で生きるわけじゃないだろう。だったら俺にしなよ。今は憎くても……いつか、君に好きだと言わせる自信がある」

 

 

はる「し、伸也…さん?」

 

 

不穏な空気に後ずさる。

 

 

だけど同じように、向こうもこちらへ近づく。

 

 

(伸也さんの手、力が強すぎて振りほどけない……)

 

 

ついに壁に背がつくと、伸也さんは笑った。

 

 

伸也「俺を好きなりなよ、はる」

 

 

はる「む、無理です!」

 

 

伸也「言ったろ。好きにさせる自信があるって」

 

 

はる「やっ……やめてっ!やめてください!恭平さん…っ」

 

 

思わずその名を口にすると、伸也さんは憐れむような笑みを浮かべた。

 

 

伸也「あいつが来るわけない。君だって分かってるだろ?今からこの会場のステージに恭平は立つ。ファンのためにね」

 

 

はる「…っ」

 

 

伸也「だって、あいつは『REVANCEの六道恭平』だから」

 

 

(そんなこと、分かってる…分かってるけど……っ)

 


伸也「はる、受け入れて……」

 

 

(お願い、止めて!誰か……っ!)

 

 

 

バキッ

 

 

 

鈍い音がしたかと思うと、迫られて影になった視界が急に明るくなった。

 

 

恭平「無理強いなんてらしくないぜ、伸也」

 

 

はる「え……!?」

 

 

伸也「恭平…どうしてここに」

 

 

 

恭平「自分の詞は、最後まで責任もって見届けさせようと思ってな」

 

 

はる「あ……」

 

 

恭平「どこにもいねーと思ったら、トラブル引っさげてきやがって。俺を迎えに来させるとは御大層な身分になったな?駄目ゴースト」

 

 

はる「恭平さんっ!」

 

 

(来てくれたんだ……!)

 

 

はる「来てくれたんですね……」

 

 

恭平「遅くなって悪かったな。でも、主役ってのはそういうもんだろ」

 

 

はる「ふふ、自分で言うところが恭平さんらしいです」

 

 

安心したせいか涙腺が緩む。私の目元を指でぬぐい、彼は笑った。

 

 

はる「で、でももうすぐライブが始まるんじゃ」

 

 

恭平「ああ、リハはあいつらに任せて、ずっとはるを探してた」

 

 

右拳を軽く撫でながら、恭平さんが私に笑う。けれどすぐに、その瞳が険しくなる。

 

 

恭平「それより……伸也、これはどういうことだ」

 

 

伸也「1人の男として告白しただけ。責められることじゃないだろ。それより、お前はいいのか?トップアイドルが暴力沙汰とはね」

 

 

はる「なっ……」

 

 

不意に、周囲のざわめきを感じる。いくら裏口付近とはいえ、人の目のある場所だというのがまずかった。

 

 

 

女性1「ねえ、あれ恭サマじゃない?」

 

 

女性2「でも、もうライブ始まるよ?こんなところにいるわけなくない?」

 

 

女性1「確かにそうなんだけど、なんか背格好がそっくりだし……」

 

 

(どうしよう、このままじゃまずい…!)