「こういうところのボデイソープは匂いがついてないんだよ。」
と彼が言った。私が剥ぎ取り捨てたスーツを、シワになると眉間をひそめ、彼は即ハンガーに掛ける。
それだけで悲しい気持ちになった。
ここでしか会ってくれないのは、忙しい時間を私に割いてくれてる証拠だと自分に言い聞かせていた。
彼は、私の赤いペディキュアが綺麗だと褒めた。
「シャネルだよ。」
今月亡くなった母の遺品の、と心の中で付け加えた。
やっぱり発色がいい、と私も思う。
褒められた。うれしいな。
強い痛み止めが欲しかった。
それも切れると更に傷つくけど、夢中な時間は
「あ、嫌なこと忘れられてた。」
と思えるから、なくてはならないと思った。
甘いものは苦手だと言っていたから、差し入れにナッツを渡して、別れた。
改札口で
「コーヒー飲まない?」
って、勇気を出して言ってみたけど
「これから美容室なんだ。」
と雑踏に同化していった年下のビジネスマン。
2〜3週間前も、おんなじこと言ってたなぁ。
身だしなみ。気を配ってるんだなぁ。
こんなとこだけポジティブな自分はどうかしてる。
夕食はもう作ってあったけど、予定よりずっと早く帰宅した。
普段着に着替えたら、真っ赤なペディキュアを早く落とそう、と思った。