題名:Anak-anak Merapi(『ムラピの子どもたち』)
著者:Bambang Joko Susilo
出版社:Republika Penerbit (2011年)


$インドネシアを読む-merapi

2010年10月から11月にかけて大噴火を起こし、周辺地域に大きな被害をもたらしたムラピ山。死者は300人を超えました。ムラピ山の守り人であったマリジャン氏も亡くなり、祈りを捧げているような突っ伏した状態の遺体が自宅で発見されて話題となったのも記憶に新しいところです。

この本は、被災したある一家の物語。避難所などに取材に行った著者が、多くの被災者の体験談をもとに書いた
小~中学生向きの小説です。

噴火前、普段は人里で見かけない動物たちが山を降りてくる姿が見られるようになり、噴火の予兆が高まっていきます。政府からの避難勧告が出されても、避難することを拒否したり、なかなか避難に踏み切れなかったりする住民
たち。やがて予想を超える規模の大噴火が起き、村々は一夜のうちに廃墟と化してしまいます。

小説なので、どんなふうに物語をふくらませるかは作者次第なのではありますが、ちょっとファンタジー的なものを
へんなふうに入れてしまったなあという感じ。フィクションにしても、もっとていねいに事実を追っていくというスタイルにした方がよかったのに。

主人公三兄弟の長男ユディスティラが怒りのあまり巨大化するとかって、ちょっとやりすぎじゃないですかね。そういうのを見たと証言した人が実際にいたのかもしれませんけど。

このユディスティラに、噴火前に一度、それから噴火後の避難所でもう一度、見知らぬ人物が近づいてきて激励の言葉をかけていきます。どこかで見たことがあるような、いかにもカリスマティックな威風あるその男は、噴火前に
学校でユディスティラに声をかけてきたときの姿は初代大統領スカルノを思わせる姿で、校長先生に用があるからと言って校長室に入っていったはずなのに、校長先生はそんな人は来なかったと主張します。

そんなふうに、ユディスティラが異能をもって将来大物となる伏線が張られていくのですが、このままでは、世に不正が満ち満ちたときに正義の王が現れてジャワ帝国ムラピ山上に出現(あるいは復活)するという伝説が現実となる、
「壮大なファンタジー」に化けてしまうのではないかと懸念されます。この本は、シリーズ化されてまだ続くらしいし…。

それにしても、インドネシアの子ども向きの小説が露骨に説教臭くなってしまうのは、避けられないことなのでしょう
か。

“Kambing Jantan”などで人気作家となったRaditya Dikaのような若い世代の人が書いたものは、小説ではないけれど、ポップでなかなかおもしろかったりするんですけどね。(Raditya Dikaについては、またあらためて書きます。)

いわゆる「ものの分かった大人」が子ども向けに書いたものは、上から目線が鼻につきすぎていただけない……
という傾向のものがインドネシアには多いような気がします。それに、この小説の場合なんかは、子どもがこんなに理路整然と立派なことを言ったりしないだろ、というような非現実的セリフまわしが多く、ますますへんな方向に
ファンタジーに傾いてしまっているようです。