題名:Antologi Kesusastraan Anak Jepang(『日本児童文学選集』)
著者:Antonius R. Pujo Purnomo 編・訳
出版社:Eramedia Publisher (2010年)


$インドネシアを読む-児童文学

ひさびさに本屋に行ったら、おもしろいのがありました。

東ジャワはシドアルジョ生まれで、現在東北大学大学院博士課程に在籍中のアントニウス氏編『日本児童文学
選集』。インドネシア語訳もアントニウス氏によるもので、冒頭の「御礼の挨拶」から巻末の「翻訳者及び編集者について」まで、すべて日本語・インドネシア語の対訳となっています。

明治から昭和初期(戦前)までの童話25編を収録とのことなので、ラインナップが渋い。

動物会(石井研堂)
鉄三鍛(幸田露伴)
鬼桃太郎(尾崎紅葉)
魔法博士(巌谷小波)
金魚のお使い(与謝野晶子)
トンボの眼玉(北原白秋)
納豆合戦(菊池寛)
一本足の兵隊(鈴木三重吉)
魔術(芥川龍之介)
ちるちる・みちる(山村暮鳥)
一房の葡萄(有島武雄)
漁師の冒険(宮原光一郎)
赤い猫(沖野岩三郎)
どんぐりと山猫(宮沢賢治)
天までとゞけ(吉田源次郎)
紀平次の畑(相馬泰三)
シャボン玉(豊島与志雄)
大きな蝙蝠傘(竹久夢二)
ごん狐(新美南吉)
八の字山(土田耕平)
蛙(林芙美子)
白い鳥(楠山正雄)
親友(佐藤紅緑)
走れメロス(太宰治)
笑われた子(横光利一)

翻訳者とすれば、対訳で出すって、かなり勇気のいることだろうなあと思います。

日本語学習者からすれば対訳はありがたいものですが、なんせ原文が古いものが多いので、学習のために使うにはかなり難度が高いともいえます。児童文学って、大人向きのものと違って独特の節回しがあったりしますしね。

そういえば以前、森鴎外の『舞姫』の日イ対訳の本を見かけたことがあります。あれなんかも日本語学習者にすれば相当な難物でしょう。

ともあれ、なかなかの力作ですので、ぜひ、これに続いてもう少し新しいものの選集も出してほしいと思います。
大海赫の『ビビを見た!』とかね。これは私が子どものころに読んで衝撃を受けたものなので、とても新しいとはいえませんが(初版74年、復刊2004年)。

まだ全部を詳しく読んだわけではありませんが、とてもていねいに忠実に訳されているように思います。

「ごん狐」の「ごん」を Gongとしてあるところなんてインドネシアらしいなあと思うし、「走れメロス」の中に出てくる
「南無三」を “Oh, Dewa yang agung!” (P.657)と訳してあるところなども、なるほどねえと思いました。

欲をいえば、「どんぐりと山猫」の冒頭に出てくる山猫からのはがきの文面

  あなたは、ごきげんよろしいほで、けっこです。あした、めんどなさいばんしますから、おいでんなさい。
  とびどぐもたないでくなさい。

が、とてもまともな文に訳してあるところはちょっと残念。

  Semoga anda senantiasa dalam keadaan sehat. Mohon kehadirannya karena besok kami akan
  menyelenggarakan persidangan yang sangat merepotkan. Harap tidak membawa senjata. (P.369)

ここは、原文のように、もっと綴り間違いなどを入れてへんてこな文にしてほしかったですね。

同じく、山猫が「出頭すべし」と書いてもいいかと訊くところなんかも、”harap datang”(P.393)と普通に訳してしまわずに、もっと大仰で高飛車な言い方になるよう工夫すれば、最後のオチの部分にもそれが活きたのにな、と思います。

ところで、太宰治の「走れメロス」は、たしか中学生のころに学校の教科書で読んだだけで、あまりおもしろくなかったのでそのまま忘れてしまっていたのですが、今回読み返してみて、こんなオチがついていたのか、と思わず膝を叩きました。

    ひとりの少女が、緋のマントをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。
   「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、
   皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」
    勇者は、ひどく赤面した。
 
   Dan dari luar kerumunan massa itu, seorang gadis muda melangkah maju dengan membawa sebuah jubah
   merah. Dan ketika sang gadis membawakan jubah itu kepada Melos, ia hanya melihatnya dengan
   kebingungan. Sahabat sejatinya, Selinuntius segera memberikan penjelasan.
     “Lihatlah dirimu, Melos ----- pakaianmu telah hilang. Pakailah jubah itu. Gadis cantik ini tidak tahan bila
   orang-orang melihatmu dalam keadaan seperti itu.”
     Pipi sang pahlawan memerah menahan malu. (P.681)

翻訳のことについていうと、「まっぱだか」とか「裸体」とかいう言葉を回避している点がインドネシアらしくつつましいです(笑)。

でも、ここで言いたいのは訳のことじゃなくて、原文の方。感動的友情譚を書きあげたかと思いきや、最後にこうして
「なんちゃって」をつけずにはすまないところが太宰治。これはまるで『トカトントン』。つい後足で砂かけたくなっちゃうんですねえ。ほんとうは友情とかなんとかよりも、このオチが書きたくてこの物語を書いたんじゃないかと勘繰りたくなってしまう。太宰治のこういうところが私は好きです。