「熊本PUNKシーン紹介」と題して記事を書いた雑誌 Bollocks。
本日ようやくサンプルが届きました。

SOUL CRAFT、T.Z.K.R、GAIDO-害毒-、TOLIVE、P-CONS、SIDE KICK、The Nied、そして自らのバンドBUILDの計8バンドを紹介してます。
見かけたら是非手に取って読んでみてください。
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THE PRISONER景山潤一郎氏デザイン
『BIG BROTHER IS WATCHING YOU Tee』
¥2,500

MODEL/景山潤一郎(THE PRISONER)
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「こころと身体の平和バトン 」
これは、広島市西区太光寺の副住職東和空さんの発案で天城流湯治法 杉本錬堂さんから始まったもので、バトンは次々と繋がり、
俺はこの度、兄のように慕っている大好きなTHE PRISONERのヴォーカリスト 潤一郎さんからこのバトンを託されました。1日目~3日目の計3編を書いていきます。

最終日3日目 「復活」

国立医療センターの集中治療室には2週間いました。一般病棟に戻り数日を過ごしリハビリ専門病院に転院したのは2012年2月の頭のことでした。
未だ寝たきり状態の俺に担当の理学療法士の方がにこやかに「大丈夫ですよ。必ず歩けるようになります。ドラム叩くのが目標?わかりました!一緒に頑張りましょう!」と言ってくれました。その当時伝い歩きだった息子を見て「息子さんに負けてられませんよ。どっちが先に歩けるか競争ですね!」とも。
この日から怒涛のリハビリが開始しました。
この頃、枕元の妻と息子の写真を見ながらSIONの「お前がいる」をよく聴いてました。

「楽しいことだけ考えてみるさ 少々無理したってそうしてみるさ 後ろ向きの思いは後ろにしか行かない ましてそんな気持ちはさらさらない お前と行きたいとこがあるんだ 二人で行きたいとこがあるんだ それを思えばこんなことくらいで投げ出せない つぶれてられない お前がいる お前がいるから まだ行くぜ 石にかじりついても」

寝たきり状態から一人で寝返りすることを教えてもらえて、看護師さんによる2時間起きの体位変えの必要がなくなりました。
ずっと寝たきりだったのでまずはティルトテーブルという機械で身体を起こし慣らしていきました。急激に起こすと失神してしまうのだそうです。
鼻からチューブで栄養を入れられていたのが、嚥下の筋肉の検査をしつつ徐々に食事も摂れるようになりました。離乳食みたいなものから徐々に始まりました。水分はむせてしまうのでとろみをつけて飲んでいました。
嚥下の検査の為に口にした葡萄のゼリー。久しぶりの甘味。あの味と感動を俺は一生忘れることはないでしょう。
長い寝たきり生活で固まってしまった全身の筋肉をストレッチでほぐしてもらうのですがこれが激痛。身体中の筋肉が弱っているのを実感しました。
ベッドに座っていられる時間も徐々に増えてきたところで車椅子に乗り移り、動かす練習です。自分でトイレに行けるようになった時はなんだかホッとしました。オムツからの解放が嬉しかったです。
歩行器でのリハビリが始まってからの回復は早かったです。すぐに杖での歩行が出来るようになりました。自分の力でお風呂も入れるようになったのもこの頃です。
同時に言語のリハビリもやりました。表情筋が麻痺してるので発音出来ない言葉が多くあり、毎日色々な文を音読しました。そして手の麻痺のために元々汚い字が尚更汚く読めないものになっていたのでそれもリハビリ。お箸で物を摘まむリハビリなどで手の回復をはかりました。

先に書いた理学療法士の方は本当に親身になってくださいました。毎日俺の話を真剣に聞いてくれて、退院後の生活に必要な体力と筋力を戻そうと必死で頑張ってくれました。復活ライブには必ず行くから、と約束もしてくれたのです。

毎日のようにお見舞いに来てくれるバンド仲間や大学の頃の友人や先輩後輩達、そして家族に力をもらいました。県内はもちろん、県外からもわざわざ来てくれるバンドの友人もいました。
皆から力をもらい、文字通り汗と涙のリハビリを繰り返し、俺は医師も驚くほどの回復を遂げることが出来ました。それまで生きてきて一番努力した日々だったと思います。
いよいよ退院、と告げられた時の喜びは何ものにも代え難いものでした。

念願の退院を迎えたのは2012年5月9日。3ヶ月のリハビリ生活でした。晴れて自宅療養となった俺ですが会社の人手不足によりすぐに職場復帰することとなりました。
唯一面会に来てくれた同期だけは常に俺を気遣ってくれました。それ以外は誰ひとり面会に来てないので冷たいものでしたが。
「これくらいも出来ないのか」という言葉が突き刺さりました。大した病気でもないくせに、と。
しかし、俺はそれに対する怒りや悲しみよりもまた再び仕事が出来ている喜びのほうが強かったです。

職場復帰して数週間、半年以上ぶりにスタジオに入ることに。ドラムをセッティングしてる時にこみ上げるものがありましたがグッと堪えました。
ここからメンバーとは以前と同じように毎週末スタジオリハを繰り返しました。
そんな時にあのSOUL CRAFT企画の年末オールナイトライブへの出演の誘いを貰えたのです。俺は復帰一発目は必ずこのライブと決めていたので決まった時は感激しました。

復活ライブ当日、なんとあの理学療法士さんが奥様と来てくれました。俺の大好きな銘柄の芋焼酎の一升瓶を抱えてあのにこやかな笑顔で。この芋焼酎は未だに飲まずに飾っています。

いよいよ本番。うちのバンドは入場SEがあるのですがこの日は特別に俺がICUで幾度となく聴き、心底励まされたこの曲にしました。
THE PRISONER「letter」
あえて歌詞は載せません。是非聴いてみてください。

ライブは以前と変わらない曲数をやることが出来ました。ライブ後に記念にメンバーで写真を撮りました。音源リリースの時ぐらいにしかメンバーで写真撮ることがなかった俺たちなので若干照れくさかったんですが、この写真は宝物です。

今現在、若干の後遺症は残るもののギランバレーに感染した以前と同じ生活が送れています。仕事も出来て子供も二人目が産まれ、ライブもやれています。県外ライブにも沢山呼んでもらえて会いたかった友人たちとの再会も叶いました。
病気を通してたくさんの事を学べました。俺はある意味貴重な経験が出来たのだと思います。病気以降よく思うのが「死ぬこと以外かすり傷」
少しだけ人間的に大きくなれたかな、と。
そして、普段の何気ないことがどれだけ幸せで平和なものかということ。
くだらない事で笑えること。
何かに怒りを感じれること。
隣にいる人の温もりを感じれること。

本当に辛かったけれど、そういう意味で俺は病気に感謝しています。

最後に俺が入院中に書いた曲の歌詞を載せることにします。

「STAND UP AGAIN」BUILD

見上げれば月は哀しみに濡れ
拭った拳は苦悩に震え
眠れずに浴びた朝日を睨み
唇噛み締め瞳を閉じる

押し寄せる不安を振り払え
迫り来る恐怖を打ち砕け
友との誓いを握り締め
瞼の裏のあの人を想う

守るべき人がいる
帰るべき場所がある
流した涙を強さに変えてゆけ

そして男は明日の空を行く
傷だらけの翼を拡げ
そして男は明日の海を行く
不屈の心で荒波を越えて

STAND UP AGAIN




読んでくださった全ての方、そしてこの機会を与えてくれたTHE PRISONER潤一郎さんに心から感謝します。
ありがとうございました。