データ整理作業は得意なことではあったが、やはり膨大な量。

そうやすやす出来ることでなかった。

 

「絶対これは、世の中の役にたつ」そして「この仕事は、自分しか出来ない」と自分に言い聞かせて毎日、毎日ひたすらデータ整理作業をやった。

 

1、2ヶ月くらいやったところで、ほんの少しだけれどある結果がもたらされた。

 

上司にその結果を伝えると褒められ評価された。

幹部会議にもデータが引用されるほどに。

嬉しかった。

認めれられないことで苦しんできたから本当に嬉しかった。

 

技術の進んだ今では、当たり前ことだがその当時はなんとなくそうだろうと誰もが予想したことが、証明できたのである。

自分でも良くやったとおもう。

 

慢性的に目は疲れ、肩こりになったけれどモチベーションは下がることはなっかた。

 

そして、作業は4ヶ月続き、半年続き、一年続き、そして奇跡に繋がって行くことになる。

 

元々は、職場に行くことが億劫で、周りからの雑念を払うためにやり始めたこと。

 

この作業をしている間は、集中でき苦痛な時間も忘れ、1日をこなすことができた。

それだけだったかもしれないが、データが整理されるにつれ光が見えてきた。

 

このシステムを生かすには、このデータ整理作業が必要なことは明白だ。

 

そして、今、世界で自分しか出来ない。

この作業で有効性を証明してやる!とのおもいが強くなった。

 

そのおもいと共に今までなかった熱いものが湧き出してきた「このことは、きっと役に立つはず」と。

 

その瞬間からそれはやり甲斐と生きがいに変わっていった。

仕事に行くことが億劫にならなくなっていった。

 

今おもえば、それが意識と人生のターニングポイントであったと感じる。

それは2013年の冬。休職明けから始まる。

レイキ瞑想を始めていたが、絶望感は深いままだった。

昇進はないと言われ、これから何をしたら取り返せるのだろうとおもうと、お先真っ暗だった。

仕事のモチベーションは低く、気が重く行くのがやっとそんな感じであった。

そんな中、あることが気になっていた。

 

専門的なことで説明はしずらいが、それはGISというもの、これは、複数のデータを様々に図化し地図に重ねることによって、分析が出来る新しい技術である。

事務所にも導入されていたが、誰も使いこなせていない状況だった。

 

そのGISを活用するためには膨大なデータを整理し、図化する必要があった。

作業は書類と図面を確認して、データを入力することであるが、専門的な分析眼と地図を読み取るセンスが必要だった。

 

小さい頃から、地図を一日中見ていても飽きないくらい好きで、しかも模写が得意だったので図形を読み取ることも苦もなくできた。

 

神様が与えてくれた才能を生かすつとめ、すなわち天職だったと信じている。

飛躍編ではスピな話が多く、そういう世界の人と思われているかもしれないが、ごく普通なサラリーマンだ。

公務員といえばさらに普通ということが分かるかもしれない。

 

さて、この世界で認められず堕ちるところまで堕ちることがこの世界に入るきっかけであり、そのことは黎明編で話したとおりである。

 

サラリーマンとして、ありがたいことに今では内でも外でも評価される様になった。

先日上司との面談でも勤務成績はオールA判定であった。

 

燻っていた日々から輝く表舞台に立つまでの話をしようとおもう。

 

ちょっと考え方を変えることでその大逆転は始まった。

そして大きな気づきと幸運をもたらすことになる。

七回目の「2万5千回のありがとう」を言い切れた。

 

17万5千回になる。

自分の歳と同じ数のありがとうを言えば、何でも叶うらしい。

ほんとうなのかはこれから証明するのだが、いつも涙が止まらなくなる現象を体験するに、何かしら起きるのは間違いないとおもっている。

 

さて、ありがとうワークに話を戻すと、達成するに近づく、つまり2万5千回に近づくと、胸がジーンとなり始めるのだが、きっかけがあるようだ。

 

今回は、「わもん」の「やぶちゃん」のライブ配信をみながらやっていた時に、それはやってきた。

「明日、生きている保証はない。だから今日という1日を、精一杯、生きると誓うこと。」を聞いた時に、胸が熱くなり始めた。

 

そう自分もそういう時があった。

 

「一生懸命生きてきたよね。」って、おもった瞬間、涙が溢れてきた。

 

そしてある瞬間を思い出した。

高校時代にストレスで、いつも過呼吸になっていた頃を 苦しかったけれど、頑張っていた自分を

 

愛おしくまた涙が止まらなくなる。

 

このワークが歳の数だけするのがいいというのは、もしかしたら歳の数だけ感謝=浄化するという意味なのかと。

 

つまり今日までのそれは、高校生までを感謝する時間だったのかと。

 

次は、大学時代、成人になるのかな。