あけましておめでとうございます!(おそい!)
今年もよろしくおねがいします。m(_ _)m
さて
前回の(4)の記事から丁度一ヶ月です(^_^;)
途中から何をしたいのか段々わからなくなって(笑)
そのままにしてましたが、やっと続きがかけそうです。
ただ吐き出せばいいのだと教えてくれた友人に感謝。
・・・ということで、
酒井備中守忠解(ただとき)さんについての本から
酒井長門守忠重(ただしげ)さんの名前をみつけ
なんだかずっと気になっていた白岩一揆の事に繋がりました。
備中街道の本で、その白岩一揆で上訴された領主が
長門守だということを知ったのでした。
ちなみに長門守とは初代庄内藩主酒井忠勝の兄弟で
元和の頃に白岩郷8000石を封ぜられた人です。
備中守忠解さんのおじさんにあたります。
さて、なぜ白岩一揆が気になっていたか、という事ですが
私がその一揆の事を初めて知ったのが
先祖の墓を訪ねて行った時だったからです。
父方ルーツ探索始めた頃にひょんな事から先祖の菩提寺を知ることになり
2016年の秋に思い立ってお墓参りに行った時でした。
お墓の場所を寺の方に教えてもらおうと、声をかけたら
「白岩義民のお墓ですか?」と言われたのでした。
そのお墓があることで有名なお寺さんだったのでした。
寒河江市白岩の 誓願寺さん(浄土宗)昔は時宗だったそうです
残念ながら当時は先祖探しの事に没頭してw
酒井家関連の事にも全く興味がなかったのでw
白岩義民の墓は見てこなかったですm(_ _)m
今年は是非訪ねてみたいです。
つづく

