好きな庄内の神社の一つに、
庄内町清川地区に鎮座する
御諸皇子(ごしょおうじ)神社があります。
2016年に北楯大堰を見に行って、
偶然みつけて感動した神社です。
大堰の傍。仁王門もあるよ。仁王様いらっしゃいます!
ここの神社、山の上にあって境内も広くとても素敵なんですけど
御祭神や歴史など色々な伝説がイマイチハッキリせず
長い間モヤモヤしていましたが、
熊野神社マイブームのおかげで
自分なりにようやくスッキリしました。
社伝では
この地で亡くなった御諸別皇子(みもろわけのみこ)を
土地の人々が埋葬したと伝えている・・とあり、
それで御諸皇子神社、というらしいのですが
みもろわけのみこという人がよくわからんかった。
また、義経と弁慶が参籠した伝説があるのですが、
義経記には「五所の王子」と書かれていると。
そこで、図書館で義経記見てみましたら
確かに五所の字。間違いなし!
そして極めつけ・・・
たまたま読んだ神奈川の友人のブログで
義経や頼朝のお膝元の五所神社の記事を発見。
シンクロ~~(笑)
で・・・ネットで色々ググってみました(笑)
(シンクロ二シティって馬鹿にできないんですよw)
そうしたら、
↓ここにたどり着き~
もうびっくりびっくり!!
そして・・・御諸皇子神社の字と謂れは
なにかの都合であとで変えられたもので
ほんとうは五所王子だったのでは?
=熊野の社だったのでは?
という妄想が成立したのでありました(笑)
また、『庄内町の点描』という冊子によれば
神社には弁慶の祈願文というものがあるらしく
それには『金華山五所王子は・・云々』とありました!!
隣の歓喜寺さんも山号がおんなじ~(^o^)
同冊子によれば、昔はこの辺りの山一帯、
金華山と呼ばれていたこともあるそうです。
宮城の金華山との関係もあるらしいと。
(宮城の金華山黄金山神社の御祭神は鉱山神)
たしかにすぐ近くの立谷沢川では砂金がよく採れたし
修験道の羽黒山もすぐ傍。
修験道と鉱山は切っても切れない間柄ときいたことあります。
修験道といえば庄内町には元羽黒地区もあり羽黒古道もあります。
数年前、ツアーに参加しました。↓
古道は丁度羽黒山の合祭殿の後ろあたりに続いていました。
羽黒山も古くは熊野修験の流れも汲んでいたはず。
それに弁慶伝説では、弁慶は熊野別当の子とありました(^o^)
そんな事もふまえると
もう、そうとしか思えません(笑) 妄想ではなく(笑)
あと、蛇足ですが・・・
うちの母方のご先祖様も立谷沢川で砂金を採っていたような
可能性も無きにしもあらず・・・かと最近知りました(笑)
それと・・・さっき思い出してぶっとんだのだけど
子供の頃住んでいた家の隣と前に
新宮さんと本宮さんが住んでいました!
なんか笑える~(笑)
これはいよいよ熊野に行かないとな(笑)
おわり。m(_ _)m






