(旧ブログからの引っ越し過去記事です<(_ _)>)
昨日は旧藩校致道館を初見学したのですが
実は最初からそこ目指して行ったわけはなく
巡り巡っての初見学でした。(市民なのにすみませんw)
昭和40年代に地元の方が著した本を読んでいるのだけど
そこに書いてあった、元禄の、庄内と秋田由利郡との間に起こった
鳥海山の境界争いから始まる話に嵌ったのがきっかけでした。
境界争いがあった事は去年の冬、蕨岡の大物忌神社の隣にある
龍頭寺の住職さんに聞いて知っていましたが、
それが発端の因果話などはまったく知らなかったので
俄然興味を持ってしまったのです。
そこからどう巡り巡って致道館を見学したのかは
長くなるので省きますが(きっと意味不明みたいになるからw)
こんなきっかけでもなければきっと一生見学しなかったかもと思えば、
これも天の采配なのかもしれません。
いろいろ勉強になりましたです。
あまり胸はときめかなかったけどw
↑市井のものの僻みかもしれませんな(* ̄m ̄)プッ
それとも、城内、城下とはあまり縁がない、
田川郡在郷の農民と西村山郡の山の民の
ハーフじゃなく、クォーターでもなく、その先、なんていうの?
あ、ワンエイス、というらしい^^
・・・だからかも~(* ̄m ̄)プッ
2015年12月、鳥海山大物忌神社蕨岡口別当 龍頭寺。
本堂、瑠璃殿の扁額の下に荘内藩の片喰紋。今、気づいたw
ご本尊は薬師如来(=鳥海山大権現)
春になったらまた行ってみようっと。
鳥海山の境界の話はまた今度。。。。おひ!

