今日は夕日がきれいだった。
今年になってから、(誕生日過ぎてからかな)
なんだかわからない感覚が出てきてる。
前もあるにはあったが微妙に違う。
あれこれ変化が起こる年齢に達したからか(笑)
最近夕日を見る時に限ってデジャブのような
感覚がふっとかすめることが多い。
デジャブの経験は今までにもたまにあったが
似ているけど違うような。
これまでのデジャブ感が前世への郷愁だとすれば
最近のものは、今生の記憶に付随する郷愁、
しかもとても強い郷愁という感じ。
いつどこでの事なのか
誰との記憶なのか、何も思い出せない、
というところでは同じなのだが・・・・。
一体これは何なんだろう、
なぜなんだろうと思っていたが
先日それに答えをもらえた(と、思えるw)
ポルトガルへの旅番組で
民族音楽ファドを聞いたのだが
なんとも懐かしいような寂しいようなメロディと歌唱が
とても心にしみた。そしてそれは、
このところの擬デジャブの時の感覚に似ていた。
そして何度か耳にした「サウダージ」という言葉が
とても気になった。
昔読んだポルトガルの作家パウロ・コエーリョさんの本にも
よく出ていた。(星の巡礼かアルケミストのどちらか)
ネットで意味を調べると『郷愁』とか『憧憬』などが出てきた。
でもそれでは物足りないような気がしていたら、
最後に女性が言った言葉がよかった。
サウダージは悲しい思い出ばかりじゃない。
いい思い出だからこそサウダージを感じるのだ。
それ聞いたら何故かウルウルして
そうだ!それだよ!と思った。
あれはサウダージといえるものなのかもね。
と、いうことは・・・自分の人生、いい人生だったと、
私は思っているって証拠だなって思えた。
そしてそれがとても嬉しかった。
どちらかと言えば嫌な事ばかり思い出しがちだったからね。
でもまだ疑問は残る。
それは、
なぜ夕日を見ると感じるのかって事だが
・・・・妄想してみました。
夕日が沈む西の方向には
阿弥陀様の美しい西方浄土があるらしい
ってことに関係するのかも(^^)v
本当のふるさとへの郷愁なのか。
確実にそこに近くはなっているわけだし。
(極楽へ行けるとしたら、ですけど~)
そりゃできれば
阿弥陀様に迎えに来てほしいですが(^^)
今はまだちょっと困る(笑)
話がそれましたm(_ _)m
ということでそこは有耶無耶にしといて(笑)
次に又、よぎった時には余計なことは考えず
サウダージ~ と、つぶやいてみよう。
あ、それと 南無阿弥陀仏を唱えるのもいいね。
なんか無理矢理だけど
これにて一件落着(^^)v
2015年9月、パドメツアーでの月山下山時に見た夕日と雲海
この日の夕日は忘れられません。
