色々と悩むことがあり、色々とネットで見て、
自分なりに頭の中を整理してみました。
自分なりに納得できたのが、これ↓です。
引用も一部させて頂きました。
心が軽くなりました。
ありがとうございます(^o^)
同じ思いでいる方が、いらしたら、
1人でも心が軽くなってくれたら・・・
と思い、載せました。
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信じるって愛すること・・とよく言うけれど、
信じるって頼ること・・・だと思う。
頼る・・という事は、不安でたまらない気持ちをこの言葉に託していること
もし、事実を知っていれば、信じる・・・は必要ない。
「私は太陽の存在を信じている」
なんて言い方はしない。
でも、
「私はあなたを信じている」
とは言う。
頼る・・という事は、不安でたまらない気持ちをこの言葉に託していること
「信じる」ところには必ず「裏切り」や「疑い」がついてまわる。
それは、
自分や自分の気持ちに自信が無い事、
相手の愛情を充分に感じていない事。
普通、明日が来ると信じているし、家族も一緒にいてくれると信じている。
しかし、明日が必ずくるとは限らない。信じているもの全ては、移ろい、崩れ、離れていくもの。
それは、人の人生そのものかもしれない。
生きていく・・ということ自体、
当たり前のようでありながら、
急性心不全で倒れたり、
地震災害にあったり、交通事故にあったり・・・と
想定不能な状況の中にあって、辛うじて存在している。
普遍でないものを普遍だと信じる。
不安で一杯だからこそ、願いを託す。
「あなたを信じる」・・とは、
不安なんだよ・・・という言葉の裏返しでしかないのだろう。
そういう時に限って"絶対"という言葉を使いがちだが、そこに"絶対"という言葉は存在しない。
それこそ、不安で一杯な心の裏返しでしかないのだろう。
でも、
「信じる」とは、その程度のものなのだろうか。
その人の人柄を、きちんと"知って"いれば、
いちいち「あなたを信じる」・・とは、言わない。
恋し焦がれている人に対して、
「あなたを信じる」・・と言うって事は、
信用出来ない気持ちの裏返しで、
裏切られる事で[自分自身が傷つきたくない]から。
それは自己愛・・という事になる。
[たとえ裏切られても、構わない]
[たとえ裏切られても、私はそんなあなたが好き]
信じるというのは、
起こる事実が自分の思い通りであろうが無かろうが、
それを”信じる”とした自分自身に対して、
どんな事態になったとしても
受け止めて、受け入れて、
自分で一切の責任を負う覚悟がある・・という事。
信じる事には覚悟と余裕があり、
そこに、愛があると思う。
その"愛"とは、自己愛ではなく、
相手を包み込む包容力。
信じる・・という言葉には、2種類ある。
恋愛をたとえに出せば、
会いたいのに会えない・・・不安。
会えないけど、信じるしかない・・・という願い。
それらは、自分が傷つきたくない・・という自己愛。
人間関係をたとえに出せば、
疑いを晴らそうとしているのにあってもらえない・・・不安
疑われたくない、疑われないようにしよう・・・という願い。
それらは、自分が傷つきたくない・・という自己愛。
会えなかったから、誰かと浮気されちゃった。
・・とか、会えない内に、誰かと交際が始まっちゃった。
・・という相手の変動性を不安に感じている裏返し。
それこそが、一番重いし、うざい。
裏切られた・・・と他の人に愚痴を言うこと。
それこそが、自分を守る為の他責へ転嫁しようと言う願い。
自分の相手に対する想いが、愛情が
下心とかではなく、心から想っている事ならば、、、
そして、相手も快く受け止めていれば、
会える・会えないではなく、
必ず相手の心に刺さり、残るもの。
(もちろん、それに余裕かまして放置しているのは最低なこと)
信じる・・という言葉には、2種類ある。
一つは、託すこと・頼ること・願うこと
一つは、受け止める覚悟をして、受け入れる事。
相手を包み込む事・愛すること
参考引用:
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/5776344.html
http://www.merry-shaka.com/?eid=726
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/828462.html
http://qanda.rakuten.ne.jp/qa5776347.html