翌日も、そのまた翌日も、ルードヴィッヒは根気強く隔離室に通い詰めた。自称“短気”も鳴りを潜めているようだ。
四日目。
さすがにわたしは『もう諦めませんか』という台詞を用意していた。きっかけさえ掴めれば、その台詞が言えたかもしれない。しかし、ルードヴィッヒにはわたしにそれを言わせる隙がなかった。彼は真剣そのものだった。
五日目。
いつものようにルードヴィッヒは隔離室の真ん中に座り込んだ。今日はグレイの方を向いて座った。それから彼はごそごそと動いて、床の上に腹這いになった。頬杖をついたまま、ぼんやりとグレイを眺めている。
(快報は寝て待て、ですか)
わたしは口の中で呟いた。
数分後、ルードヴィッヒがぱっと頭を上げた。
『ああ、そうか』
隔離室の集音機が拾ったルードヴィッヒの声が、わたしたちの居る観察室のスピーカーから聞こえた。
ルードヴィッヒは床に両手を付いて起き上がりながら、一瞬わたしを見た。ハーフミラー越しではわたしの位置が判るはずもないのに、確かに彼はわたしの目を見たのだ。
『これではフェアじゃないな』
そう言ってルードヴィッヒは、シャツのカフスボタンに手を掛けた。
「あら。脱ぎ始めたわ」
マグワイア博士が呟くように言った。
一体どういうつもりだと、わたしは内心オロオロしていた。そうしている間に、ルードヴィッヒは全裸になってしまった。
マグワイア博士が女の視線で眺めながら言った。
「意外といい身体してるじゃない」
あの晩、キスマークを残さなくてよかったとわたしが思っていることなど、マグワイア博士は知る由もないわけで・・・・。
全裸になったルードヴィッヒは、これまた何を考えているのやら、今度は床の上に大の字になって寝転んだ。彼の周りに円でも描こうものなら、レオナルド=ダ=ヴィンチが描いた、あの有名な人体模写(?)の出来上がりだ。
そして数十分後。何と、グレイに変化が現れた。
グレイがこそこそと動き始めたのだ。ちょっと動いては首をかしげ、またちょっと動いては立ち止まる。それを繰り返しながら、ほんの少しずつルードヴィッヒの身体に近づき始めたのだ。
(ルーの気持ちが通じた?)
わたしは胸がどきどきした。
身を守る着衣もないグレイに対して、フェアではないからと自ら服を脱ぎ落としたルードヴィッヒ。彼の機転と誠実さには全く驚かされてしまった。グレイとて例外ではないのでは、という想いがわたしの胸を躍らせた。
(もう少しだ。もう少しで奇跡が起きる)
グレイは四つん這いになって、こそこそと壁際を移動した。
そして、ルードヴィッヒの足の方に回りこんだ。それからまたちょっと首をかしげて、そろそろと前に出始めたのだ。
「自分から触れにいっているわ・・・・」
マグワイア博士もクリストファも、目を輝かせている。
グレイは少しずつ少しずつ前に進んで―――ルードヴィッヒのつま先にちょんと触れてからぴょーんと飛び退った。
「触った!」
わたしもマグワイア博士も、思わず声を上げてしまった。
次はどうするのか。わたしたちは隔離室の中を食い入るように見詰めた。
グレイは再びこそこそと前進して、今度はルードヴィッヒの足先近くに座り込んだ。そして、長い指でルードヴィッヒの足の親指を摘んだ。
『何もしないよ』
ルードヴィッヒがグレイに声を掛けると、グレイはびくりとして手を引っ込めた。しかし、すぐにまた手を伸ばしてルードヴィッヒの足の甲に触れた。
グレイはいかにも興味津々といった様子で、ルードヴィッヒの脚をぺたぺたと触っている。時折、自分の脚と見比べるような仕草さえした。
「学習してるのかしら・・・・クリス!ビデオはちゃんと回ってるわね?」
「は、はい」
急に声を掛けられて、こちらではクリストファがびっくりしたようだ。グレイのびっくり反応とクリストファの反応がさして変わらないということの方が、わたしには面白かった。
グレイはといえば、ルードヴィッヒの脚をぺたぺたと触りながら、次第に移動していた。足首から膝へ。膝から腿へ。
そして―――ぺたり。
『そこは勘弁してくれないかなぁ』
ナニを触られて、ルードヴィッヒが情けのない声を出した。
グレイはちょっと首をかしげてから、興味深そうに摘んだり突付いたりしている。筋肉質で硬い脚とは違う感触がするので面白いのかもしれない。
『もう勘弁してくれ~』
わたしの隣でマグワイア博士がプッと吹き出して笑い出した。つられてわたしも笑い出してしまい、一瞥すればクリストファも涙目になって必死に笑いを堪えていた。
見守るしかなかったわたしたちが、ホッとした瞬間だった。
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<余談> 今日はブログ記事をたくさんUPした日でした。えーと・・・ナニのネタもwww 詳しくは、「大きな声で読んでみよう!」 を参照のこと。