8月11日におじいちゃんが亡くなりました
今までずっとそばにいて介護してきたおじいちゃんでした。。
3週間経った今でもあんまり実感がありません。
パーキンソン病という病気のためでした。
パーキンソン病とは何かというと・・・
40歳から50歳以降に発症し、ゆっくりと進行する原因不明の神経変性疾患です。
たくさんの痛みや精神的な苦痛に耐えていたんだと思います。。
まだ寝ていたベッドのところにいる気がしてなりません。
おじいちゃんにはちっちゃい頃からたくさんのことをしてもらってきました。
たとえば、竹とんぼや竹馬、水鉄砲などのおもちゃを全部手作りでつくってくれたり、牛へのえさのやり方、牛乳の絞り方を教えてくれたり・・・
今思うと自分がおじいちゃんになったとしてもこういうことを孫にもしてあげたい、
教えてあげたいなということばかりでした。
生活する中で心がもっと豊かになるようなことばかりだったと思います。
また、誰よりも頑固な人でした。
たまにぶつかったこともありました。手を挙げられたこともありました。
しかし、頑固ながら自分のことはあまり考えないで、人のこと、地域のことを考えていた人でした。
床に伏して寝たきりになってしまってからも「体が痛い、痛い」といいながらも
「体調に変わりはないか」とか「今地域の状況はどうだ?」など周りの心配ばかりでした。
おじいちゃん本当にありがとう。一番近くで見守ってほしいなと思います。
86年間本当にお疲れ様でした。
最近テレビを見ると「いじめ」に関するニュースが毎日のように流れますね
私が中学校のときにもいじめはたくさんありましたが
だんだんと悪質ないじめに発展しているなという印象を
今回のニュースで受けました。
悲しいことですがいじめのない学校なんてないと思っています。
どの学校にも起こりうることで、どんな場所でも起こりうることです。
加害者は下げてしまった被害者の価値感をみんなの共通の価値感だと思い込んで何をしてもいいというようになってしまうのではないんでしょうかね。
「遊びでやっていた」なんてその価値感の中でのことだろうと思います。
一般から見ればそれはどんな歳だろうと学校の中だろうと許されるものではないのにそれがわからなくなってしまう、気づけなくなってしまう感覚にとらわれてしまうんでしょうね。
集団心理というものはそれだけ怖いものです。
アリや昆虫、動物の中でも起きます。
これらの感覚に陥る前に誰かがいち早くこの状態に気づくことが肝心であると思います。
またそれを被害者が誰かが伝えやすくする環境を大人がつくることも大事です。
伝えやすくする環境とは子どもたちに聞くとみんな答えるのは
第一に信頼感であるといいます。
信じて頼ることのできる大人が子ども達はもっとも求めているようです。
自分の存在を認めてほしい。
家族の一員として認めてほしい。
自分の中身を認めてほしい。
そんな声が聞こえてきそうです。
そんな子どもには朝の「おはよう」のあいさつから始めてみるとどうでしょうか。
自分の子どもは普通に学校にさえ行ってくれればよい。
そんな考えの大人は最近増えてきているように思えます。
自分の子どもを守るためにもちょっとしたサインを見逃さないように
できるだけ近くに寄り添うことが大切であると思います。
少しブログの趣旨が変わったかもしれませんが
教育の経験上、緊急性があると悟ったのでこのような面にしました。

