ピッタリ1000字に収めたSHORT STORY

宝石たちの1000物語・シリーズ[2]

 

男と女がいる限り運命的な出会いがあり、いくつかの恋愛が生まれます。

それはまるで万華鏡のように一つとして同じには見えない不思議な物語でもあるのです。

宝石が絡んだ1000の物語、今宵はどんなストーリーが生まれるのでしょう。

 

 

 

 

第18話 マドンナ《オパール/opal》

 

これ程無限の色の広がりの世界を僕はかつて見た事がない。

クジャクの羽の豪華さもこのオパールの遊色には敵わない。

その頃学生だった僕は(といってももう40年以上前の事だが)、吉祥寺の下宿から中央線を国分寺で乗り換え、鷹の台で下車、徒歩20分の道のりをとぼとぼと歩いて美大に通っていた。

近くには玉川上水があり、それに沿って木立の中を歩くのだが、ふと、昔この玉川上水の何処かで、太宰治が心中を遂げた事を思い出した。

何故太宰は心中という道を選んだのだろうか。

そういえば芥川も同じだ。

彼らは作家として日の当たる道を歩いていた。

それなのに何故。

そんなたわいもない事をおしゃべりする同級生に「マドンナ」と呼ばれる学生がいた。

決して美人ではないが、僕たち学生には絶大な人気があった。

存在感があり、華やかな雰囲気となって周囲にまき散らす。

それが少しも嫌みでないところに、彼女の魅力があった。

僕はいつもマドンナと話がしたいと思っているのだが、なかなか近づいて話す事が出来なかった。

それは憬れ、というよりも、淡い恋に近い感情だったえるものかも知れない。

或る日の夜、先輩に連れられて、新宿のゴールデン街の飲み屋をハシゴして、殆ど意識がない中、花園神社の境内をさまよい歩いていた。

酔って疲れて、境内のベンチに腰を下ろしていると、向こうから月明かりに照らされた、女性の陰が。

何気なくそちらを向くと、その陰はまぎれもなくマドンナだった。

彼女は酔っているようだった。

そしてマドンナの微妙に揺れる色彩は、いつにも増して妖しく七色に輝いていた。

まるでオパールの遊色のように、見る角度によって様々な表情を見せるマドンナ。

彼女は私がいる事などまるで気がつかない。

するとマドンナは突然しゃがみ込んでしまった。

よほど気分が悪かったのだろう。

僕は彼女の側に寄り抱きかかえるようにして介抱した。

僕はその時のマドンナが今でも忘れられないでいる。

月明かりに照らし出されたマドンナは、キャンパスでみる彼女よりも何倍も美しかった。

そして妖艶だった。

僕は一晩中付き合っても良いと思った。

こんな形でもマドンナと一緒にいられるのは二度とない事だ。

どのくらい時間が経っただろう。

やがて彼女は意識を取り戻し、私の事が判ると、びっくりした表情をみせた。

そして一言「アリガトウ」そう云うと安心したのか、僕の腕の中で再び微睡んだ。

僕の青春の一コマ。

今でも忘れない一瞬の淡い想い出。