着付け師ジョセフィーヌのブログ

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フランス大好き、京都大好き、着物の着付け師としての色々や
天使になったダルメシアンの愛犬ルークを思いながら
何気ない日常を綴っています。



又、お近くの神社で和装で結婚式をご提案しています。

大阪市西中島で着付け教室始めました。

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今日大阪では最高気温30度 ゲッソリ

 

お散歩の時間を考えないといけない季節になるのが

 

早すぎます ガーン

 

 

まだ正座が難しいこともあり

 

花嫁の和装があった時だけ梅田の会場でのお仕事に

 

行っています。

 

その会場のある場所は

 

能楽堂があった場所だったらしい。

 

叔母がお能を習っていて

 

母に連れられて

 

私も見に行った事があった気がするのですが

 

場所までは覚えていませんでした。

 

お能って聖徳太子が広めたものだそうで

 

その当時のメディアとしての役目も担っていたそう。

 

大倉流と観世流があるのですが

 

どちらも秦氏 (秦河勝)の末裔なんだそうです。

 

日本の神社の事を調べれば調べるほど

 

掘れば掘るほど

 

ユダヤに当たります。

 

それを受け入れたくないというのが

 

正直な気持ち。

 

それが本当なら日本人って何?ってなるんですが

 

これがね

 

7300年前のカルデラの大噴火で

 

日本にいられなくなった人達が

 

大陸に渡って行き

 

その後大変な思いをして帰還した人達と

 

聞けば

 

又違って見える訳です。

 

私は正直物部氏と秦氏の区別も曖昧だったのですが

 

物部氏の方が秦氏よりも早く日本に来ていたみたいです。

 

ちなみに蘇我氏は縄文人であって

 

古くから日本にいたんですって。

 

蘇我氏の方が渡来系だと思っていました。

 

蘇我蝦夷っていう名前にもあらわれていて

 

蝦夷って東北に追われた出雲族のことなんですよ。

 

スサノオの命もわざとイメージ悪く書かれていることが多いのですが

 

蘇我氏も同じなのかもしれません。

 

今では教科書にも聖徳太子って載ってないそうですね。

 

聖徳太子の正体は蘇我入鹿らしいです。

 

蘇我馬子は自分の思うような政治をしたいがために

 

時の天皇さえも亡き者にしたのに

 

ただ優秀だからといって

 

血縁でもない人に摂政を任せたりするはずがないので

 

その正体が入鹿だとすれば納得がいきます。

 

入鹿さんはとても優秀だったそうです。

 

何かねぇ

 

馬子とか入鹿とか

 

チョット貶めるような名前ですよね。

 

出雲族をディする天孫族っていう構図がわかりますね。

 

出雲族と天孫族との因縁は

 

きっと今でも続いているのだと思います。

 

前回の伊勢神宮で式年遷宮が行われたのが2013年で

 

この年は出雲大社でも式年遷宮が行われました。

 

同じ年に式年遷宮が行われたのは300年ぶりだったそうで

 

そこから色んな封印が解け始めたそうです。

 

まさしく

 

私が出雲に旅行に行ったのが2014年で

 

そこから始まった歴史探求ツアーでもあるのですよね。

 

まぁ暇つぶしに丁度いいかなとか思っていたんですが

 

今、中東があまりにざわついているので

 

気が気じゃないというのがあって・・。

 

どうかどうか早く戦争が終わります様にと

 

祈るばかりです。

 

 

 

 

 

 

 

今日は手術後の経過観察の日でした。

 

予約をしていくのですぐに呼ばれて

 

診察時間は1分くらいではないかって程で

 

アッという間に終了。

 

次は半年後らしい。

 

行く意味あるのかなってちょっと思ってしまいます 笑い泣き

 

そんなこんなで早く家に帰れて

 

ゆっくり出来たのは良かったことでした。

 

 

前撮りの時に気になっていた

 

花嫁用の扇子の房と懐剣の房を取り換えました。

 

 

この飾り結びがどんどんほどけて来るし

 

黒ずんでくるんです。

 

 

 

懐剣の房もどんどん形が変になって来て

 

ダランとなってしまうんですよね。

 

古い房を外して入れ替えます。

 

ちなみに懐剣の中身はこんな感じ。

 

 

 

 

 

割りばし?

 

これ花嫁5点セットで数万払ってお買い上げした懐剣ですよ。

 

自作した懐剣にも厚手の段ボールを入れたけど

 

ほぼ同じ感じですね。

 

まぁそんなもんですよね。

 

 

うん。新品と何も変わらない ハート

 

 

古い房はレッスン用の懐剣に付け替えました。

 

房の交換はこれで2回目。


そんなこんなで

 

今度のモデル撮影に向けての準備が整って来ました。

 

今年も神社婚のご依頼はなくてですね・・。

 

去年もなしでした。

 

それまでは1回か2回はあったのですが。

 

最近の若い人には不人気なんでしょうかね。

 

チャペルのようにゲスト全員が式に参加出来ないというのが

 

ネックなのかなと思ったり。

 

何とか盛り上げて行きたいところです。

 

 

 

 

 

 

 

土曜日はいつもの会場で

 

午前式と午後式のダブル和装お色直しのお仕事でした。

 

 

午前式のお2人。

 

 

午後式のお2人。

 

午後式はこの画像しか撮っていませんでした。

 

いやぁ、疲れていたのかな アセアセ

 

帰り道一緒に入ってくれた生徒さんに

 

「こんな日はアドレナリン出まくりなんじゃないですか?」

 

って聞かれて

 

まぁ

 

確かに以前はそうだったんですけどね。

 

最近はそういうこともなくなってしまっているのが

 

ちょっと寂しい気もします。

 

 

 

日曜日は昨日の疲れか

 

酷い眠気と戦いながらなんとか着付け教室も終え

 

娘が企画してくれた母の日ディナーを

 

堪能しました。

 

眠すぎて早くにベッドに入りましたが

 

何故か眠れず・・。

 

結局いつもの時間に寝るのがいいって事ですかね。

 

 

今年のNHKの大河ドラマは豊臣兄弟ですね。

 

何となく毎週見ていますが

 

昨日は見過ごしちゃいました。

 

織田信長が比叡山を襲撃する話は有名ですが

 

言われているほどひどい焼き討ちではなかった

 

という事が最近わかったそうです。

 

織田信長は

 

物部氏と同族の尾張氏の流れをくむ家系の出だそうです。

 

なので神社を厚く崇敬していたそうで

 

その筆頭が熱田神宮なんですが

 

石清水八幡宮や下鴨神社、上賀茂神社などにも

 

かなりの支援をしていたそうで

 

上賀茂神社にもご神宝を奉納しているのを

 

見た記憶があります。

 

ですが

 

石上神宮に攻め入ったことがあったそうで

 

その時が1番試練の時期だったと

 

石上神宮の立て看板か何かに書いてありました。

 

石上神宮は同族である物部氏の氏神様だし

 

神社なのになぜ攻め入ったのかとても不思議でしたが

 

ある方のYouTubeで

 

日本の戦乱は全て

 

三種の神器の奪い合いが原因だったということを

 

述べていてね

 

それがとても腑におちたんですよ。

 

石上神宮にあった三種の神器の1つ

 

天の村雲命の剣=草薙の剣 を奪って

 

熱田神宮に収めたかったというのが真相だったんじゃないかって

 

思った訳です。

 

神話ではヤマトタケルの命が

 

熱田神宮に収めたことになってはいるのですが

 

歴史は勝者が書き換えるものなのです。

 

三種の神器の八咫の鏡は

 

伊勢神宮にあるとは言われていますが

 

何かとても大事なものが

 

日光東照宮の地下にあるらしいとも・・。

 

徳川家康が持っていたってことで

 

時の権力者は結局

 

やはり天皇になりたかったってことなんですかね。

 

でもそこまではしなかったというのも

 

日本人らしいという事なんでしょうか。

 

日本人って不思議な人種です。

 

結局は婚姻で統合することになるのですから。