今日大阪では最高気温30度 ![]()
お散歩の時間を考えないといけない季節になるのが
早すぎます ![]()
まだ正座が難しいこともあり
花嫁の和装があった時だけ梅田の会場でのお仕事に
行っています。
その会場のある場所は
能楽堂があった場所だったらしい。
叔母がお能を習っていて
母に連れられて
私も見に行った事があった気がするのですが
場所までは覚えていませんでした。
お能って聖徳太子が広めたものだそうで
その当時のメディアとしての役目も担っていたそう。
大倉流と観世流があるのですが
どちらも秦氏 (秦河勝)の末裔なんだそうです。
日本の神社の事を調べれば調べるほど
掘れば掘るほど
ユダヤに当たります。
それを受け入れたくないというのが
正直な気持ち。
それが本当なら日本人って何?ってなるんですが
これがね
7300年前のカルデラの大噴火で
日本にいられなくなった人達が
大陸に渡って行き
その後大変な思いをして帰還した人達と
聞けば
又違って見える訳です。
私は正直物部氏と秦氏の区別も曖昧だったのですが
物部氏の方が秦氏よりも早く日本に来ていたみたいです。
ちなみに蘇我氏は縄文人であって
古くから日本にいたんですって。
蘇我氏の方が渡来系だと思っていました。
蘇我蝦夷っていう名前にもあらわれていて
蝦夷って東北に追われた出雲族のことなんですよ。
スサノオの命もわざとイメージ悪く書かれていることが多いのですが
蘇我氏も同じなのかもしれません。
今では教科書にも聖徳太子って載ってないそうですね。
聖徳太子の正体は蘇我入鹿らしいです。
蘇我馬子は自分の思うような政治をしたいがために
時の天皇さえも亡き者にしたのに
ただ優秀だからといって
血縁でもない人に摂政を任せたりするはずがないので
その正体が入鹿だとすれば納得がいきます。
入鹿さんはとても優秀だったそうです。
何かねぇ
馬子とか入鹿とか
チョット貶めるような名前ですよね。
出雲族をディする天孫族っていう構図がわかりますね。
出雲族と天孫族との因縁は
きっと今でも続いているのだと思います。
前回の伊勢神宮で式年遷宮が行われたのが2013年で
この年は出雲大社でも式年遷宮が行われました。
同じ年に式年遷宮が行われたのは300年ぶりだったそうで
そこから色んな封印が解け始めたそうです。
まさしく
私が出雲に旅行に行ったのが2014年で
そこから始まった歴史探求ツアーでもあるのですよね。
まぁ暇つぶしに丁度いいかなとか思っていたんですが
今、中東があまりにざわついているので
気が気じゃないというのがあって・・。
どうかどうか早く戦争が終わります様にと
祈るばかりです。








