実母のこと 2 | 子宮内膜症からの妊娠。現在三人目妊娠中。

子宮内膜症からの妊娠。現在三人目妊娠中。

育児と妊娠について、書いています。

ようやく時間ができたので、
母が手伝いにきてくれたときのことを書きたいと思います。

母と言い合いになった後、気分転換をしにゆうたと動物園へ行くことに。
こちらから仲直りのきっかけをつくるのは癪だったけど、ゆうたのために、
と思い、母も誘うことに。


そしたら、ず~っとむす~っとしたままで、最後に言った台詞はこれ。
「1時間しかいれないのはもったいない。」

りっちゃん、まだ1ヶ月だしね。
出発する時間が遅くて、お弁当も持ってこなかったから、
12時過ぎには家に帰らないとまずいわけなんです。

私は子供優先で、どこかへ出かけても自分が楽しもうとは思わないけどなぁ。
もちろん、自分が楽しめればより良いけど。
子供が楽しめればそれで十分。


せっかく東京にきたから、観光したいっていう気持ちも分かるけど。


母は東京にきてから、「この間は、全く外出しなかった。」って愚痴を言っていました。
だから、今回は動物園や水族館も誘ってみたけど、
なんかおかしくないか?って思う。

何のために、東京にきているの?手伝いじゃないの?

義母は、全くそんなこと言わない。
「出かけなくていいよ。ゆうたと2人で出かけておいで。」
と言ってくれる。


私も、りっちゃんが手伝いを必要とするときは、後者になろう!って思う。

水族館に行ってもね、自分の買い物優先。
あんなに行きたがっていた水族館なのに、10分だけ見て、
その後は一人でソラマチで買い物。


そんなこんなでイライラしながらも、1週間頑張って過ごしました。
最後まで機嫌よく過ごしてもらうため、
毎日のように高級ケーキを買って帰って機嫌をとってみたけど、
もちろん母からのアプローチはなし。

その間、ゆうたは私の心中を知ってか、結構不安定になってしまいました。

普段は公園から帰る時、すんなり帰れるのに、
家に帰るまで泣き続け、その途中、何度も自転車の椅子から立ち上がって(ベルトから抜けて)、
私の首に抱きつきました。


あんなゆうたは初めて見た。


そして、最終日。
突然母は泣き始めた・・・。
面倒臭いと思って無視しようと思ったけど、「何で泣いているのか。」
と聞いたら、
「言わない。迷惑をかけたくないから。」と。


いやいや、本当に迷惑をかけたくないなら、分かるようになかないよね。
別室で泣いてよ、って思った。

理由を聞くと、「年を取るのが辛い。」



意味わかんない・・・・。


そして最終的には、


「私のこと嫌いなんでしょ。」と聞かれた・・・。


それを聞かれて、小さい頃にも同じように聞かれたことを思い出した。


お母さんから、嫌いなんでしょ?って聞く????
ほんと、自分優先。



自分がどう思われているかが気になるだけ。



お母さんだったら、子供に嫌われたと思っても、
子供に「好きだよ。」って伝えなきゃ。





確かに嫌いだから、嫌いと言いたかったけど、

とりあえずオブラートに包み、「そう思うならそうなんじゃないの?」と言いました。


「家政婦さんや義母の方が優しく接してるんでしょ。」とも言ってきた。
そりゃ、彼女達の方が私を大切にしてくれるからね。


「私だって思うことあっても言ってない。それが、大人の付き合いじゃないのか。」
と言ったけど、分かってくれなかった。


親子だったら言いたいこと言えるのが健全なのかもしれないけど、
相手を傷つけるような台詞は、親子であっても言ってはいけないよね。



私だって、母に手伝いに来られなくなったって言われて、
その理由が、
他の人が休み取りたいから変わってあげたい(理由は運動会の次の日で、子供と一緒に過ごさせてあげたい。別に変わってとか言われてない。)とか、
甥っ子の保育園のイベントとか。



こちらからしたら、
子供を第一に優先すべきじゃないの?と思う。

しかも出産だよ。


私だったらまず、ゆうたとりっちゃん優先する。
産後の手伝いなんて、ばあばの最重要の仕事だよ。
ばあばしかできないもん。


そうそう、母はばあばって呼ぶと怒る。

何でばあばって読んだらいけないの?と聞くと。


「あんたも歳とったらわかる。若くしてばあばになりたくない。」と言われた。


もう54よ。ばあちゃんでしょ。

私は、ばあばになるのは誇りで夢だし。




そして、ついに母に、

「親になっても、母さんの気持ちはわからんかった。産まなきゃよかったなんて、絶対に言えん。」言いました。


そしたら母の反応は、

「言ったのはケンカしたからでしょ。 」「学校へ行けなかったときでしょ。(私は1年間不登校でした。)」


と。



でもね、そのときはそういったけど、最終的には母は、


「覚えていない。」と言ってました。









こういう母には本当になりたくないわ。