シャッフル (2009)


4月、5月は、テレビをつけても、書きたくなるような映画をやっていなかった。
それに、テレビをつけるたびに、つらいニュースでばかりで、ため息すら出ないのよね。
今年の4月、いちばん感動させられたのは、キャンディーズのスーちゃんこと、田中好子さんの「お別れの言葉」でした。
http://www.asahi.com/national/update/0425/TKY201104250382.html
スーちゃん、天国でも笑顔でね。ありがとう。
合掌。


さて、『シャッフル』です。
CATVの番組欄にあった、「サンドラ・ブロック主演のサスペンス・ホラー」といううたい文句を読んだのみで、何の予備知識もなく、ダラダラ見始めた。


見終わった。
翌日ぐらいになって、ふんわりかすかに、「いい感じぃ~ドキドキ、な、感想が湧いてきた。
感動っていうほどではないけれど、いい後味っていうのかなあ。
さわやかなミントを食べたあとみたいな感じ。ラブラブ!


サンドラ・ブロックは最近、母親役や主婦役ばかりだけれど、この映画でも、郊外の大きな家で2人の可愛い娘を育てている、リンダという主婦の役をやっている。
夫は大きな企業の中間管理職らしい。


ある朝、地元の保安官がやってきて、トントン、とドアをノックする。
保安官が言うには、夫のジムが、昨日、交通事故で亡くなったというのだ。

あまりに突然の話。夫は昨日、泊りがけで出張に出ていたのに。


ショックで声も出ないリンダ。
倒れたリンダの手助けに、彼女の母親が家に来てくれて、娘たちの世話をしてくれることになった。これから葬儀の準備をしなくてはいけない。なんということだろう。


翌朝、リンダが目覚めると、どうも家の中の様子がおかしい。ベッドルームから1階のリビングに降りて行くと、なんと、死んだはずの夫が、いつものようにコーヒーを飲んでいるのだ。
驚き、混乱するリンダ。


「あなた、大丈夫なの?」「何が?」
ジムはいつものように、子どもを学校に送ってから、会社に出かけていった。


その翌日。起きると、ジムがいない。亡くなって数日たっている。そんな馬鹿な。


……こんなふうに、リンダの毎日は、シャッフルされているみたいに、毎日状況が変わるのだった。
何これは? 何かとんでもない変なことが起こっている。それとも私がおかしいの?


ある日は、上の娘のかわいい顔に、ギザギザの黒い傷がたくさんついていた。
まさか、「これはすべて悪魔の仕業でした」とかいうオチだったらつまらないな、と思って見ていたのだけど、そうはならなかった。


なんで後味がよかったのだろう?


母親も友達も、みなリンダが心を病んでしまったと思っている。
リンダは混乱する頭で、必死に、シャッフルされてしまっている自分の1週間を整理しようとする。


ある日は心療内科で、精神を安定させる薬をもらった。
その錠剤を手のひらに並べて、見つめるリンダ。20錠ぐらいも出して。
「あぶないよー」と思ったら、リンダは薬を全部、洗面所に流してしまった。
これ、精神科のお医者さんから見たら、「いけません」ということになるのだろうけれど。


最後に、リンダは教会に行って、牧師さんを訪ねる。
牧師さんは「何か恐ろしいことが起ころうとしているんです。助けてください。道を教えてください」と請うリンダに、「信仰がないということは危険なことです」と説く。
「信仰がない人は、容易に自分よりも大きな力に自分自身を捧げてしまいやすい」と。


「それは、のろいのようなものに、でしょうか」
「あるいは奇跡かな」
「私は奇跡など信じません」というリンダに、牧師は、
「私たちが毎日生きているということこそ奇跡なのですよ、リンダ」と答えるのだった。


「信仰とは何なのですか」と尋ねるリンダに、牧師はこう答える。
「信仰とは、自分を超えた、眼に見えない、触れない、においをかぐこともできないものを信じることです。希望とか、愛とか


「私にはもう遅すぎます」と言うリンダに、牧師は、
「人生で大切なことを実現するのに、遅いということはないんですよ。もう一度トライしてみては?」と答えるのだった。


そしてある日の朝。リンダは目覚める。
目覚めるとき、リンダの脳裏には、夫ジムとの思い出が、次々によみがえるのだった。
結婚式の日のこと。子どもを抱き締めるジム。愛し合う2人……。


リンダとジムは、ありがちな夫婦の危機を迎えていたところだったのだけれど……。


   ★★★★★


この映画を見た日、大震災の被災者の方たちに、家族の死亡認定の期日が迫っているというニュースが報道されていた。
夫が亡くなったことを認めたくなくて、認定すれば政府から弔慰金がもらえるのに、どうしても書類が出せないという奥さんが、テレビに登場していた。
あの奥さんに、この映画を見てもらいたいと思った。


ガレキの原っぱのなかで、花を捧げて、手を合わせ、頭を垂れて祈る人たちがいる。
そのなかにお坊さんが一人、まじっていることもある。
私たちは頭を垂れて、手を合わせて、祈ることしかできない。


○リンダと牧師のセリフは、Imdbより。

http://www.imdb.com/title/tt0477071/

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イン・グッド・カンパニー(2004)


たぶん日本公開されなかった作品じゃないかと思うけど、何度もCATVでやっていて、けっこうこれ、めばるは面白かった。


というのも、アメリカのこういったオフィスものの映画って、その時代のオフィスワーカーの悩みをあからさまに取り上げていて、へぇ~、と思わせられることが多い。
オフィスの人間模様など、日本と変わらない面もあったりして。


女性が企業で働くことが普通になりはじめた1980年代には『ワーキング・ガール』『9時から5時まで』があったし、女性が経営者に進出するようになったら、デミ・ムーアのセクスィ~社長がマイケル・ダグラスを逆セクハラする『ディスクロージャー』(1994)とか。

趣味悪いって言われるかもしれないけど、けっこう面白かったのよね。


『ディスクロージャー』のときは、すでにアメリカはIT時代に突入していて、主人公たちが勤める会社も、シアトルのITベンチャー企業だった。


それから10年後に公開されたのがこの作品なわけだけど、初めて見たとき、この映画、1990年代に制作されたのかな、と思った。なぜって、企業がIT化されて、ビジネスの仕組みが変わり、いらなくなった人はどんどん解雇されるという世の中の流れを背景にしているからだ。


ただ、本作では、IT系企業はもはやベンチャーではなく、グローバル化して化け物みたいに巨大になっている。主人公らの会社も、ある巨大ITグループの傘下に入り、そのトップには、ビル・ゲイツみたいな、世界の誰もがその名を知っている超ビッグ・ネームの経営者がいて、その役をやっているのが、イギリスの怪優、マルカム・マクダウェルというわけ。


『時計じかけのオレンジ』のキレた若者も、今や、ヨーダも真っ青のしわくちゃおじいちゃんだ。ま、カリスマっぽい異様さは出ておりましたが……。


こんな、ビジネスが激変する時代に、NYの広告会社で営業部長をやっているのが、デニス・クエイド


デニス・クエイドといえば、『オールド・ルーキー』(2002)だ。
1954年、テキサス州ヒューストン生まれ。どう見たって、最先端というタイプじゃない。
別にハンサムじゃないし、昔はメグ・ライアンの夫で、妻のほうが先に売れちゃったのが離婚の原因とか、雑誌によく書かれていたっけ。


むかしむかしの名作、『ライトスタッフ』(1983)で宇宙飛行士を演じても、なんとなくヘラヘラした感じで好感がもてず、『ハリウッドに口づけ』での女たらしの自称プロデューサー役なんて、ぴったりって感じだった。


それが、『トラフィック』(2000)では性格俳優的な一面を見せ、へー、この人、やるじゃん、と思っていたら、50歳近くになって、『オールド・ルーキー』でブレイク……もしてないか。ともかく、主演を張った。


同年の『エデンより彼方に』では、ホモセクシュアルであることを隠している夫の役を演じていたけど、あれもよかったね。
顔も適度にしわが出て、まあ、整形もしているんでしょうけど、中年になってからいい味が出てきた。


で、本作。
デニス演じる広告会社の営業部長、ダンは、ある日突然、降格を告げられる。自分より20歳以上も若い20代の若造が、突然、営業部長の座に舞い降りてきたのだ。その陰には、例の巨大ITグループの影がある。


さあどうする。給料が下がったら、家族の将来設計が崩壊だ。
ダンには娘が2人いる。長女はNY大学に合格し、そのため郊外に買った家を抵当に入れて、学費を工面したばかり。そのうえ、妻はおなかに3人めの子を宿している。


ダンは仕方なく、これまでなじんだ部長室から、一回り小さな部屋に引っ越しする。部長室の棚には、ハイスクール時代から(?)アメフトの試合で獲得したトロフィーや楯が並ぶ。壁には、プレイする当時の自分の写真。スポーツ新聞の記事の切り抜きも。


そう、ダンは、まさに、伝統的なアメリカの中産階級のサクセス・ストーリーを体現したような男なのよね。小さな町で生まれても、ハイスクールからスポーツ選手として活躍し、奨学金をもらって大学に進学すれば、チアリーダーのなかで一番きれいな女の子と結婚して、NYの有名企業に就職もできる。そこで頑張れば、NY郊外に家を買い、子どもたちと妻と共に快適な暮らしが送れる。


ただ、大学時代もほとんど試合に明け暮れているので、技術職や専門職にはなれない。体育会系が営業職で活躍するのは日本も同じだけど、ダンも広告業界に入り、スポーツ界で鍛えたチームワークで、バンバン仕事を取って、いまの地位を築いたらしい。
そんなオールド・タイプの男に、デニス・クエイドはぴったりだ。


この男の上司になったのは、青白いエリート青年、カーター。スポーツなどしないが、健康管理のため、オフィス内でエアロバイクを漕いでいる。バーチャル・リアリティの画面を見ながら。


カーターにとって、巨大ITグループのトップは、憧れのカリスマ。成果主義を信奉する彼にとって、時代の変化についていけない社員は、リストラされて当然の存在だ。
ダンが長年チームを組んできた部下たちも、カーターから見れば、効率の悪い役立たずでしかない。


まるで、どこかで見てきたような光景だなあ。
社内でリーダーにくっついている仲よしグループが、ほかのチームから見ると、必ずしも成果を挙げていない人たち、ということも、よくあることのようだし。
個人的な情と成果主義とは、絶対に両立しないものらしい。


そんなことで、自らも降格され、可愛い部下も辞めさせられて、部下の恨みを買い、悩むダン。

そんななか、自宅で開いたダンの誕生パーティに、リストラされた社員のうちの一人が現れる。「よく来てくれた」と、部下をハグするダン。どこまでも情の奴なのだ。


ダンの長女役は、スカーレット・ヨハンセン。このNY大学に進む娘に、ダンの上司のカーターが惚れてしまう。肉体派のスカヨハに、バーチャル青年じゃ、かないっこない感じ……。


と、あれこれありまして、最後にダンは、カーターを連れて、なじみの客先である菓子メーカーに、広告枠の営業に行く。見ものは、このときの、ダンと客先の社長との会話だ。
いいねえ。ダンは、ITビジネスのことなんかあんまりわかっていない奴だけど、相手の社長のハートをぐっとわしづかみにして、見事、雑誌へのシリーズ広告を勝ち取るのだ。


そして帰り道。ダンは、「何よりもよかったのは、これで相手にもいい結果が出るってことだ」と言う。

「ほんとにそう思ってるのか?」と驚くカーター。

ウイン-ウインとかっていうんですか?
こういう人間の心って、いつの世も変わらないのだって、本作の制作者は言いたかったのだろう。
一晩で大金持ちになるIT
ベンチャーの若者たちに対して、ふんまんを持っている中年たちのために。


そして、ダンの妻が3人目の女の子を産み、一家全員、感激して抱き合う場面で、映画は終わる。

巨大ITグループが、コロッと方針を変えてダンの会社から手を引き、ダンは、また元の広告部長に戻ったのだった。


(あーあ、うちもこうだったらよかったのになあ)、というため息が聞こえてきそうな……。

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ブレイブ・ワン(2007)


うーん、これはイタイ映画だった。
ほんま、イタイ。暴力バリバリ。


このブログは、最初の頃のように、『私がクマに~』とか、『ホリデイ』みたいな楽しい小品について書くつもりで始めたので、暗い、重いテーマの作品はあまり紹介したくないのだけど、ジョディ・フォスターの変化ぶりがちょっと面白かったので、とりあげることにした。


若いころは、あんなにも輝くほど愛らしかったジョディ。

『白い家の少女』(1976)や『ホテル・ニューハンプシャー』(1984)は言うまでもなく、『ヴィクトリア』(1986)では、小柄なジョディが19世紀のバッスルスタイルのドレスを着ているだけで、奇跡が起こったように愛らしく、こりゃー、ストーカーがまとわりつくのもしかたないか、と思わせたものだった。


『告発の行方』(1988)や『羊たちの沈黙』(1991)でオスカー主演女優賞を受賞し、すっかり貫禄をつけたのはよかったけれど、30代となり、小柄で少年のような顔と体つきで、どんな女優になっていくのだろうと、ファンならずとも気になるところだった。


1997年の『コンタクト』は、大々的な宣伝に乗せられて、めばるも劇場に見に行ったのだけれど、なんだかよくわからないストーリー展開で、宇宙を研究する学者になったジョディの目と目の間に、初めて、縦しわを発見。ありゃあ……叫び


そして、何の脈絡もなく、ジョディがバッスルスタイルのクラシックドレスを着てステージに上がるシーンが、ファンサービスなのかと思うと、おかしかった。えっ


そして21世紀へ。ジョディは、私生活では人工授精で子どもを産み、母親になったそうだ。
映画のプロモーションで来日したとき、そういうプライベートなことは質問しないでくれと、メディアに要請していた。


『パニックルーム』(2002)は、ニコール・キッドマンがケガをしたための代役だったことで有名だが、ニコールと違って、子どもを産んでも成熟した女に見えないジョディには、お母さん役は無理があり、まるで子どもが子どもを世話しているようないたいけな感じで、なにか妙だったのよね~。映画はおもしろかったんだけど。


ほとんど同じような役柄設定の『フライト・プラン』(2005)も、似たようなもの。やっぱり、どうしても母親には見えないのよねえ。なんか無理があるというか。


子役出身の小柄な俳優さんが、大人になってからの役柄選びは難しいみたいだ。
キム・ベイシンガーダイアン・レインなら、30代、40代になっても、同性が憧れる美しい主婦役や、母親役をやれるけれど、やっぱりスクリーン上のジョディには、妻役も、母親役も似合わない。


で、『ブレイブ・ワン』
これに出ているジョディは、なかなかカッコよかった。久しぶりに、役にハマっていた。
あのぴちぴちしていた白い頬はたるんで、しわもくっきり出ているのだけど、あえて隠しもしないそのしわが、一種の雰囲気をかもし出していて、ちょっと、1970年代に人気だったフランスの女優、アニー・ジラルドみたいな感じになっていた


役柄は、NYでラジオDJの仕事をしている一人暮らしの女性。カラードの男性(TVドラマの『LOST』に出ていた人)とアツアツになり、婚約しているという役で、ジョディが久しぶりに不自然でなく、女に見えた。


ストーリーはイタすぎるので、ここには書かない。
光市の事件を思い出すような話

みんな、やられた人はそうしたいと、心では思うものなのだろう。

でも、実際にはやれないから、法に委ねるのだろう。


エンディングで、テレンス・ハワード演じる刑事が、あることをする。とてもやさしい、思いやりのある行為だ。こんなことをする刑事が実際にいるとは思えないけど。
この刑事役、少し前なら、モーガン・フリーマンあたりがぴったりきそう。
そしてそこに、すべての傷ついた人の心を癒すかのように、やさしい声の女性ボーカルが流れていく……。


これを見て、あり得ない、違法だ! と怒るなかれ。
映画の会会員ナンバー4のO氏が、あるとき、言っていたっけ。
「映画は夢だ」と……。


東北の被災地の皆様に心を寄せながら。

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