ブログをサボってたので少しまとめて。

 

部屋の片付けとかで疲れたので北陸にちょっと旅行してきました。

雪見温泉で美味しいカニでもなんて思ったけど、雪は殆んど無くてカニはとても高くてちょっと断念。

でもゆっくりして美味しいお寿司たべれたので良かった。

 

今回もいわゆる観光は行きませんでした。 前に行ったような気もするし、ちょっと移動が厳しくて。

日本の庭園やお寺の玉砂利や石畳や木の敷居とかちょっともう難しいかもと思って。 でもね、僕はこれらを全部バリアフリーにしてなんて全然思わない。 僕らみたいに足が不自由だと確かに行けないところが多くなってなってしまうのですが、かといって全部バリアフリーにして手すりやスロープつけたらやはり美しくないと思うんだよね〜。

日本の歴史遺産や美的なものを壊さずに少し距離をもって楽しめたらな〜って思ってます。 大事なことは全てのバリアフリーに対応する事ではなくバリアフリーの情報を正確にだしているか。 このルートは車椅子では行けませんと言うのをわかりやすく情報で提供すればそれでいいんじゃないかな。

 

さてさて片付けのつづき。(なかなか進まないw)

部屋の整理をしてたら子供の頃の写真のアルバムが出てきました。

(ん!かなりセピアがかってる? 気のせい気のせい)

写真で見るとその頃から脚がかなり曲がっているのがわかります。

歩くのが凄く苦手でした。

でも子供の頃はわからないのか楽しそうに満面の笑顔です。

他の写真を引張りだしても楽しそうにしているものばかり。

あの頃は可愛かったのにと良く言われますw

 

そのあと幼稚園、小学校時代は周りの同級生にからかわれながらも楽しく過ごしてました。あの頃のはTVゲームなんてないから遊びはもっぱら広場で野球とかそんなの。

走るのができないので走塁だけ代わりのひとにやってもらってみたいに普通に遊べたんです。

 

両親も「お前はなんでもできる」って感じで出来るだけ普通のクラスで同級生と生活させると考えていたのかもかもしれません。そんな感じで比較的楽しく過ごせた少年期でした。

 

今思うと両親が根拠もなく自分のことを信じてくれて、「なんでもやってみなさい」としてくれた事が今の自分に凄く大事だったんじゃないかと思ってます。

生活も楽じゃなかったので両親共々仕事をしていて割と自由にしてくれました。

 

もしかしたらたまには辛くあたる事もあったのかもしれない、でも両親は平然と受け止めていてくれてたのですね。

 

でそんなこんなで楽しく過ごせた小学校時代が終わり思春期と向かうわけです。

ここで少し壁にぶつかりました。 片思いとかそんな事をいっぱい経験して難しい時期でしたw。

この続きはまたいつか。(ちょっと書く自信がないですが。。。)

 

そんな両親ですが父、母ともにすでに他界してしまいました。

僕自身も自立して心配かけないようにとの思いが強くて1人暮らしをずっとしてて、晩年はあまり話ができなかったのが心残りです。

「ありがとう」もちゃんと言えなかったかな。 なのでこの場を借りて一言だけ残しておきます。

「お父さん、お母さん ありがとう。 親孝行できなくてごめんね」

 

最近は写真はデジタルで残している人も多いと思いますが、印刷した紙で置いてあるといつの日か大きくなった時、ふとした時に目にする事があると思う。デジタルデータは無くしそうだしメディアがいつまで対応してくれるのかわからないし見ようと思わないとゴミになっちゃうよね。石版とかやっぱ最強なんだなw

 

さて写真で見つけた小さい頃の満面の笑顔、今もできるかな?

気持ち悪いだけかw

 

ここまで、ではまたね〜