「あの………良かったらどうぞ………」
私は弁当をホソクさんに差し出した。
「いや、いいよ。
俺は後で食べるから
ホント気にしないで」
「お嫌でしたらいいんですが……
ホント良かったら……」
「え……いいの……?
じゃあ………」
彼はおかずを1つ貰ってくれた。
料理に自信はなかったけど
「美味し~」
と両腕を上げて表現してくれて
彼の気遣いが嬉しくてクスクス笑った。
普通に人と
こうやって穏やかに話していることが
すごく不思議だけど
自然で
なんとなく居心地は良かった。
「自分で作るの?」
「はい。1人暮らしなので」
「あ、そっか。
ここにいるってことは
地元離れてるもんね」
「はい」
「たまにさ
帰りたくなんない?地元。
俺はたまにあるんだよね~」
「私もあります」
「やっぱり地元ってなんか良いよね」
「そうですね」
ホソクさんもやっぱり地元のこと
忘れたりしてないんだ……
私は嬉しかった。
ソウルでの生活は私よりも長いだろうに
昔は昔でちゃんと大事にしてるんだろうな
と思った。
彼との共通点は地元が同じで
その地元が好きなこと。
それだけですごく嬉しかった。
「まだ時間大丈夫?」
「あ、大丈夫ですよ」
ホソクさんはそう切り出して
カバンから何か小物を取り出した。
「これさ
俺のヌナから前にもらったんだけど
付けてみない?
度数は合わないと思うけど……」
彼は鏡やウェットティッシュを用意して
私にコンタクトの入れ方を教えてくれた。
眼鏡をとることに抵抗はあるけど
コンタクトに少し興味はあった。
どんなものなんだろうと……
でも目に入れるなんて……
私は
「怖いです……」
と恐怖心をつい吐露してしまったけど
「ダメだったらやめればいいじゃん」
と明るく諭してくれて
勇気を出してコンタクトを入れてみた。
少し苦戦したけど
なんとか入れることができて
視界の良さにただただ感動した。
「わ~~すご~~い………
よく見える………」
「思ったより違和感ないでしょ?」
「全然ないです」
気のせいかもしれないけど
世界が明るく見えた気がした。
「眼鏡より良く見える感じはしますね」
「だからコンタクトにしなよ」
確かにコンタクトをいいなとは思ったけど
事情が事情だから、それは出来ない。
これはただのお試しだった。
「それは…できません………」
私はきっぱりそう言うと
明るくなんで~と言いそうなホソクさんが
意外にも心配そうな顔で
私を見つめていた。
「どうして?」
彼の真剣な表情に
私はどうしたら良いのか分からなかった。
「ごめんなさい。
もう行かないと……」
私は慌てて弁当を片付けて
彼から逃げた。
こんな事情……話せる訳ない。
誰にも。
きっと誰も分かってくれない。
きっと人は裏切る……。
私はせっかく入れたコンタクトだったけど
トイレで外して
眼鏡をかけ直した。
開けられてしまいそうな扉を
慌てて手で押さえる。
ここは自分を守る為の
自分だけの過去の部屋。
私はこの部屋をたった一人で守るのに
必死だった。