兄の結婚式だった
人様の幸せな瞬間に立ち会えて自分も幸せな気持ちになれるってすごい
冠婚葬祭って感情の共有の場なのかも。

家族も親戚もみんな私が独り身(笑)なのを心配する

従兄弟の母「あんた誰か紹介してあげなさいよ」
従兄弟「〇〇とか?」
従兄弟の母「あー、いいじゃない〇〇君!あの子も変わってるし!」
祖母「どのくらい変わってるの?」
従兄弟「どっち(私と〇〇の)の方が変わってるだろうね」
従兄弟の父「甲乙つけがたいね」
従兄弟の母「でも変わり者同士絶対話が合うと思うの」
従兄弟「そうだね~」

色々とツッコミたいところがあるのだけど、彼氏がいないのはそんなにおかしいことなのかなあ。

男の人とコミュニケーションとれないって理由もあるけど、猛烈に彼氏が欲しいって気持ちが私自身にないからできないんだと思う。(勿論容姿がいいわけじゃないってのも理由というか原因の一つだろうけど)

でも周りの人が自分以上に自分のことに関して焦って、しかも本気でどうにかしようとしてくれてるのを見ているとさすがに
「あ、彼氏がいないのはもしかしたらおかしいことなのかも」
って思えてくる

彼氏が出来たら生活変わるのかな?
自分に似合う人ってどんな人なんだろ?
とか色々考えさせられた1日だった(笑)


途中で高校の校歌を兄たちと一緒に真ん前で歌わされそうになったけど意地でも席についてたよ。私に人前なんて無理だ


私は結婚式やらないか、ひっそりとやりたいな。
中間発表の第一回目が終わった
ボロクソだった
まわそれは予想してたことだからどうでもいいんだけど。


久々に顔を合わせた友達、現時点で私の二倍の単位を獲得してるんだとさ。
卒業に必要な単位が130くらい。私は現時点で100ちょい取得済み。

ただもうひたすら感心した。
部活もバイトもインターンもやってるその友達。

私ってちっぽけだな~

頑張れる人と頑張れない人の違いってどこにあるんだろ

突っ走りたい
自炊にハマっている(親元離れて四年目にして笑)

時間かかるけどいい気分転換になる

自分の作ったものと比べると実家の母の料理はものすごく味が濃いめ
特に甘味が。
おばあちゃん(母方)の料理もめちゃ甘かったっけ。というか、作ってくれたもの、甘い料理ばっかだった!笑

しょっちゅうお汁粉作ってくれたし、卵焼きもお菓子みたいに甘かった
いつも一口サイズのチョコレートがお茶請けに盛られてて、飲み物もあまーいパインジュース。よく「もっと食え!」って迫られた。

もうあの家にはおばあちゃんはいないんだよなあ。
当然あのチョコレートもテーブルには乗ってない。

私が高校生になった頃痴ほう症になっちゃって、徘徊とかそういうことは一切しなかったんだけど、みんなのことどんどん忘れていくんだ。
それまであまり頻繁に会ってたわけじゃなかったから私のことなんか忘れちゃっても仕方ないかなって思ったんだけど、面と向かって「誰か分からない」って言われたときは思い切り泣いた。
忘れられたことがつらいんじゃなくて、おばあちゃんとの今までの思い出が私一人だけのものになっちゃったことが悲しかったから。
思い出が共有できないって考えたらすごく悲しくてたまらなくなった。
自分でもこんなんだったから、おばあちゃんと血の繋がりの濃い母はとてつもなくつらかったと思う。

高校さぼって会いに行ったりしてたけど、顔を合わせるとおばあちゃんはだんだん疲れたような表情をするようになっていった。
「他人」に会うのは気を使う。だから気疲れしてしまっていたんだと思う。

そんな状況の中、それでも私は心の中では「いつか思い出してくれる!」って根拠もなく思って現実逃避してた。
だからおばあちゃんが死んじゃったとき、自分でも信じられないくらい落ち込んだ。
1月から3月の地震まで、自暴自棄になっていた。泣き通しだった。
治らないって現実を受け入れた上でもっとたくさんおばあちゃんと話せばよかったのにって思って、自分の知らない、他人ばかりの世界で生活してたおばあちゃんの心境を考えたらやりきれなくなった。現実から逃げたことを毎日後悔してた。


今は一応落ち着いた。
というより、2ヶ月以上へこたれてたから、いい加減やるべきことをやらなきゃって思い立った。

思い出すとやっぱり涙出るほど落ち込むけど、もうおばあちゃんに何かしてあげることができない以上、真っ当に生きることが孫として私がすべきこと。というかそれしかできないよね。

今ちょっと色々思い出して悲しくなっちゃった