☆BTE 2022-1-21記
In a Shanty in Old Shanty Town:

 

この歌は、1932年です。川畑文子が16歳です。この歌はよく分かっていたと思います。この歌を日本語詩「いろあかり」で歌っています。気持ちよさそうですね。この時代の雰囲気が分かります。経済が大混乱して、誰もが貧しくなって、それでも、一時はお金持ちになったりしていて、悟りってこの事、などと考えたかも知れません。その先に、大変な戦争が待っていましたが。

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In a Shanty in Old Shanty Town (1932)

 Composer: Ira Schuster and Jack Little
 Lyrics:Joe Young


「In a Shanty in Old Shanty Town 」英語詩:

 

曲名:わたしのいえ

美艇香津 訳詩

 

It's only a shanty in my Shanty Town
 まずしいまちの わたしのいえ
By the roof is so slanty it touches the ground. 
 かたむいたやねは じめんをこする
By my tumbled down shack is there an old railroad track,
 つぶれたこやのわき せんろがとおる
like a millionaire's mansion is calling me back. 
 それでも、おかねもちのマンションみたいに わたしをよぶ
 

I'll give up my palace if I were the king. 
 もしおおさまだったとしても ごてんはいらない 
It's more than a palace, it's my everything.
 それいじょうの わたしのすべて
There's a queen waiting there with a silvery crown 、
 ぎんのかんむりの じょおうさまがいて
in my shanty in old Shanty Town, yes sir. 、
 そこはわたしのいえ まずしいまち、そう、イエッサー

 

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さっそく、見て行きましょう。。

 

It's only a shanty in my Shanty Town

 

shanty (掘っ建て)小屋

 

なるほど、貧しい地区、町の、そまつな、家、というか、小屋です。情景は分かります。

 

それで、訳は、

 

 それは、貧民街の掘っ建て小屋

 

などとしては、身も蓋もありません。そこまで言わなくてもいいのでは。それに、「ひんみんがい」とか、「ほったてごや」と言うと、ギャングや泥棒たちの好んで住む地区で、どうしようもなく、そこで生きている人たち、という事になり、歌の行き先がまったく分からなく、「殺し屋のブルース」でも始まるのかと思います。でも、この歌は、そんな事ではなくて、まっとうに生きている、低所得のサラリーマン家庭のようなのです。それは、この後、だんだんに分かるのですが。だから、

 

 まずしいまちの わたしのいえ

 

これでいいのです。「わたしのいえ」、つまり、「my ..」という語は、「my .. town」、と言っているだけですが、「わたしの」という事は、はっきりさせておく必要があるので、それは、言葉として残します。これで、いいんじゃないでしょうか。

 

そして、次の行、その「わたしのいえ」が、詳しく紹介されます。「こんなだよ」と言うんですね。それは、少し、大袈裟にさえ語られます。


By the roof is so slanty it touches the ground. 

 

slanty 傾いた

 

「傾いた屋根が、地面に触る」という様子ですが、何とかヒルズに生まれ、育った人には、もう、分からないかも知れませんが、家が、古くて、壊れそうになって、傾き、辛うじて、その屋根は、まだ、あって、地面に直接支えられている様な家の様子です。これは、ひどい、同情したくなります。その、大変な、明日にも壊れる切迫感を表すために、「触る」ではなく、「こする」にしました。こするだったら、何とか辞書を見て、「rub」のはず、とか言わないで貰いたいものです。

 

 かたむいたやねは じめんをこする

 

そして、さらに、その家の周りの様子も描写して置きます。

 

By my tumbled down shack is there an old railroad track,

 

tumbled 倒れた、転んだ

shack  掘っ建て小屋 ※かっこ「()」なしの「掘っ建て」なので、「shanty」よりも、もっとひどい様子なのでしょう。それは、もう、倒れています。その傍に、線路があるのです。風情も何もありません。

 

 つぶれたこやのわき せんろがとおる

 

訳は、これしかないですね。

 

※ここまで来て、気が付いたのですが、この2行目、3行目の、上記英詩の行の先頭の「By」は、間違いを拾って来た様で、2行目は「By」という語はなく、3行目は、「By」でなくて、「But」のようです。でも、もう、これは、気にせず、訳して行ってよいようです。

 

そして、この歌は、次の行(1番目の歌詞の最終行)で、訴えかけます。

 

like a millionaire's mansion is calling me back. 

 

millionaire 百万長者、大富豪

calling me back 折り返し電話をする

 

「折り返し電話をする」などと言わなくていいですね。歌う、その意図を伝えればよいのです。

「is calling me back」の主語は、前の行の、「my tumbled down shack」なのでしょう。それが、お金持ちの御屋敷からの呼び出しみたいに、私に呼び掛けて来るのです。というわけで、

 

 それでも、おかねもちのマンションみたいに わたしをよぶ

 

この主語、述語の関係が、英語では、言葉を挟んで、日本語的には、分かりづらくなっているので、「それでも」を入れました。「それでも」に当たる英語はどれと尋ねられても、それはないのですが。日本語では、ここに「それでも」と入れると、何か、この行の文の、主語を考え始めます。

それで、自然に、「あ、そうか」と分かるわけです。もしも、この「それでも」がないと、「おかねもちのマンション」はどこにあるの、と辺りを探す事になりますが、見つからないし、この歌の肝心な所で、途方に暮れてしまいます。

 

以上、1番目の歌詞を歌い終わりました。もう、次の、2番目の歌詞に入りたくて、うずうずしているというところです。歌が急展開し、結論まで、一気に走ります。

 

I'll give up my palace if I were the king. 

 

palace 宮殿

 

 もしおおさまだったとしても ごてんはいらない 

 

「palace」を、パレスでも宮殿でも、王様の事だから分かりますが、しっくりくるのは、「御殿」ですね。日本の殿様の御屋敷です。「お城」もありえますが、それよりは、もっと私的な生活空間という事で伝えたいので、やっぱり、「御殿」です。

 

It's more than a palace, it's my everything.

 

it's my everything それは、私のすべて

 

 それいじょうの わたしのすべて

 

「It's more than a palace」、訳しやすいですが、「それは、御殿以上のもの」ですが、前の行で、「御殿」を言っているので、ここは、「それ以上の」という位に、軽く言葉を流します。元の詩の行に、「palace」があるからと言って、それを、その通り、訳出する事はありません。それは、いわゆる、逐語訳ですね。

 

There's a queen waiting there with a silvery crown 、

 

silvery 銀色の

 

「silvery crown」と言うと、そのイメージや、意味が、あるのだろうとは思いますが、我々としては、普通に、「銀の冠」として置きます。英語の生活がもっと分かっていれば、その文化的含蓄に気が付いて、この歌を、もっと、深く、しっかりと、感じ、把握できるのかも知れません。

 

 ぎんのかんむりの じょおうさまがいて

 

そして、この歌の最後の行です。

 

in my shanty in old Shanty Town, yes sir. 

 

この歌の曲名が、声高に、歌われます。もう、「a shanty」ではなくて、「my shanty」、「わたしの粗末な家」と、はっきりと、聴く人に紹介されます。最後の、「yes sir」は、川畑文子の歌の通りに拾いました。この肯定感が素晴らしいですね。

 

 そこはわたしのいえ まずしいまち、そう、イエッサー

 

 

-完-

 

(余白残興)

 2022.1.21記:

 

川畑が「いろあかり」で歌った景色は、この歌がどんな風に聴かれたかを、よく表わしています。新しい歌を目にし、耳にした人の気持ちが、懐かしく、この歌に溶け込んでいる、と言っては、考え過ぎかも知れません。

 

この歌の曲名ですが、「古い貧しい町の、粗末な家で」と、英語での曲名は言っていますが、そこまで言うと、我々は、とてつもなく、悲惨な状態を想像するかも知れず、それで、この後、歌を聴くと分かるのですから、「わたしのいえ」にしました。この歌は、私の家は、こんな風と言う事を、丁寧に歌ってくれています。

 

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