一日にまとめて眠る方法を単相性睡眠、略して単眠と呼ばれる。文明国の成人は単眠が多いらしい。一日に7時間眠る人なら夜に7時間まとめて眠り、昼寝や仮眠はしない場合は単眠になる。現代社会では一般的な睡眠形態だが単眠が一般的になったのは産業革命以降であり、それより前は数回に分けて睡眠をとる複眠が多かったらしい。人類の歴史からいえば単眠は非効率であり食事を数回にわけて摂るのと同様、眠くなったら昼寝など積極的にして数回に分けて睡眠を摂るほうが労働効率が上がり眠気が原因の事故を減らすことができるという意見もある。

現代社会では複眠が難しいという指摘もあるだろうが、単眠のほうがむしろ長時間連絡が取れなくなり情報化社会の現代では不利になるのではと感じる。例えば夜にまとめて7時間眠る単眠者の場合、寝た直後にメールなどの連絡があっても途中で起きなければ返信が7時間後になってしまう。これに対し夜に5時間半に加え1時間半の昼寝をする複眠者の場合、夜に睡眠時にメールを受信しても返信に要する時間は長くても5時間半にとどまる。

普通だと思ってることを疑ってみると題して普段当たり前だとされていることが、実は不合理なことであることが往々にしてある。
例えば白米を主食にすること。
野菜農家で働いていた時は自分はさつまいもを主食にしていた。さつまいもを主要作物としている農家だったことや自分がさつまいもを好きなことも理由であるが、さつまいもは白米に比べて血糖値を上げにくく、ビタミンやミネラルも多い。また同じ面積なら米に比べたくさん収穫できるし栽培も容易であるため米よりもさつまいもを主食にするほうが合理的だと感じている。米のほうが貯蔵性が優れているが、さつまいもも温度管理すれば数ヵ月は保存できる。米のほうが貯蔵性が優れているので100%さつまいも主食にするのは現実的ではないが米とさつまいもを組み合わせて主食にするのが合理的かと感じでいる。

 先日ニュースを見ていると「すべての若者が結婚できる社会に」というキャッチフレーズがあり、結婚する人を増やし少子化を解消しましょうというよく見かける意見であった。

 自分は2つの点で強い違和感を感じ、一つ目は結婚しても子供を望まない夫婦もいるわけで、結婚したら必ず子供を作らなければならない、子供がいない夫婦の存在意義も否定されてしまうような気がしてならない。子供がほしくても不妊などで子供ができない夫婦もいるので結婚する人が増えたからと言って必ずしも子供が増えるわけではないと感じた。

 もう一つは結婚して子供をもうけることは次世代の育成のため社会の中で必要なことであるが、はたしてそれを万人がしなければならないのかということである。例えば食料を生産する農業従事者、物流を担う運転手、治安の維持のための警察官や警備員などこれらは必要な人たちであるが、万人がこれらの仕事に就いたり、農家や運転手や警察官にならなければならないのではない。意欲がある人がすべきだろう。結婚とか子供を生んで育てるのも全員がする必要はなく意欲がある人々がすべきではないかと感じた。