Bs.project OFFCIAL blog -36ページ目

Bs.project OFFCIAL blog

知識0、才能0、行動力0.5、
興味を持ったプロの仕事を(音楽.映像.写真.など)
ド素人が無知から真似して
ことごとく失敗するのを楽しむエセクリエイター
Bs.project TOKYO


2011年(平成23年)

3月12日(土)

東京
16時

『昨日電車も車も全然動かなかったんだよ!!』

『ボトルほとんど割れちゃったな。』

『そっちさぁ、グラスはどんぐらい生きてますか?』

『そんとき寝てて、揺れがおさまったくらいに目が覚めたんだよね』

『もしもしー!!そっちは平気?‥そうなんだ、よかった』

『年末大掃除したばっかなのにね。』

『連絡とれない人がいるんだよね』

『とりあえず、使えないものは処分するしかないねぇ。』

当時、飲食店で働いてたわたしは

出勤するや否や、前日に買ってきただろう大量のごみ袋と
軍手を手に取り

ひたすら壊れて“ゴミ”となってしまったものを
かき集めては、ゴミ袋に入れていった。


2011年(平成23年)

3月11日(金)

東京
14時46分18秒

実家の2階の部屋で愛犬のももと寝ていた。

実家は木造なので、最初の揺れかはわかんなかったけど
すぐに気付いた。

5秒かな
いや、3秒くらいかな
ほんの数秒の間で
『小さいかな、ん?でかい!?
やばいかな、あーやばそうだね
これやばいね、外出るか?
服と携帯と、財布?
火の元は?』
こんなことを布団の中で寝ぼけ眼で考えながら
足元のももに気付いた瞬間

『ももー!!逃げるぞ!!だっこだっこ!!』

とのかくももが心配で
抱きかかえて階段を駆け下りて
なにも持たず着の身着のまま外に飛び出した。

その時にはすでに
家の前には、避難したと思われる近所の会社の社員や
住民が避難していた。

その中に、伯父と伯父の会社の社員もいた。

外に人がいっぱいいたし、ももも震えながらも
ちゃんと避難できたので、ホッとしてふと気付いたら
Tシャツにトランクス。

人もいるし、さすがに恥ずかしかったので
ももを伯父に預けて
『洋服とってくるわ』と言った
伯父は
『余震が来るかもしれないからまだ戻るな!!』
と引きとめられた。

その瞬間
近くにいた人たちの携帯が一斉に鳴りだして
伯父の携帯をみると
地震警報

それがなったほんの数秒後に余震

ももを抱いたままだったので
ギュッと抱きかかえていたら
伯父が
『家見ろよ』と言うので見てみたら

小学生の時とかに避難訓練用の
地震体験カーを見ているような横揺れで
今にも壊れるんじゃないかってくらい
はっきりと家が揺れていて
心配ながらも、そのまま車の陰に隠れた。

家は無事だったが
その瞬間、自分のバイクが倒れた。

戻らなくてよかった。

その余震がおさまり
すぐに服をとりに行き
伯父の会社に親もいたので
伯父の会社に避難した。

もちろん携帯もつながらず
友達、会社などに連絡とれず
とにかくラジオとテレビとインターネットで情報を集めながら
自分ともも、近くにいた人の安全は確保していたので
しばらくは、連絡がとれない人たちの安否が不安だった。

数十分でいろんな情報が集まり
連絡もとれるようになり
宮城を中心とした地震とか
東京はそこまでの被害がないことだったり
交通情報などもわかった。

姉から連絡があり
状況報告をして
その日は、一日実家にいた。

そういう二日間だった。


2013年(平成25年)

3月14日(木)

わたしは
自分で精一杯です。

ですを
でしたに変えられるよう
頑張っています。