縁。
両親の友達が亡くなった。
正確に言えば亡くなっていた。
しかも今年の2月、その方の誕生日はバレンタインデーの14日。
誕生日を迎えられなかったそうだ。
それを知ったのは日曜日。
がんを患っていたのは知っていた。
随分前に母が街で偶然会ってから、最近見ていないと言っていた。
父は気になったようで一度電話してみろと母に言っていた。
そこで思い出して母は電話をしてその人の奥さんから聞いた。
それが昨日。
今年の頭からずっと入退院を繰り返していたらしい。
そして、自分が死んでも誰にも知らせるなと奥さんに言っていたらしい。
自分からすれば遊んでくれるおじさんだった。
同じ年の息子が居るんだけど、自分も自分の娘のように可愛がってくれた。
悪い事をすれば、静かに叱ってくれた。
怒鳴る事や大声を出す人ではなかったから、大好きなおじさんだった。
背が高くて、ひょろっとしてるけど力持ちで、オシャレなおじさんだった。
色んなところへ一緒に行ったけど、常にビールをチビチビ飲んでニコニコしてる人だった。
こんな、過去形で思い出す事になるなんて、もっと先の事だと思ってた。
そうして可愛がってくれた人を、また見送れなかった。
数年前には母の叔父、自分からすれば大叔父か。
場所も遠いから仕方がなかったかも知れないけれど。
どうして自分はこうして大事な人の最後を見送れないんだろう。
実は、物心ついてから一度もお葬式に行ったことがありません。
暫く疎遠になってから訃報を聞くだけです。
ジュンスのファンミやら東方神起のアルバムが届いて。
家でのんびり休日を過ごしていた最後に届いた知らせが訃報だった。
一番の救いは、病院で亡くなった時とても穏やかな顔をしていたと。
とても苦しんでいた病人だとは思えないような安らかな寝顔だったと。
そう聞いて、おじさんそのものだと思った。いつも笑顔の絶えない人だったから。
母から言わせると、昔からカッコつける人だったから、
病気で衰えた姿を見せたくなかったから知らせるなって言ったと思う、と。
最期までカッコつけるなんて、あの人らしいと笑ってた。
でもやっぱり、もう一度会いたかったよ。
お酒も飲めるようになったから、一緒にビール飲みたかった。
おじちゃんも喜んでくれただろうになぁ…。
一日、色んな事を考えた。
会いたいと思った時に、せめて連絡でもしておくべきだと改めて感じました。
本当に会いたい人が居るか、もう一度自分の胸に問うてみろと、教えられた気がします。




