1.17と現状。
18日になってしまいましたが…。
阪神・淡路大震災から早20年。
天皇皇后両陛下がいらしていたのもあり、朝からヘリの音が凄かったです。
自分はテレビを見て一日が終わってしまいました。
以前にも何度か記事にした事はあったと思います。震災の事。
自分の家は家具が倒れ、食器が殆ど割れてしまった、それぐらいで済んだ地域でした。
電気は当日に使えるようになりましたが、水がなかなか出ませんでした。
あれから20年。
震災を受けた家に今でも住んでいます。
多少補強はされましたが、今度同じ程度の地震が発生したらどうなるかわかりません。
それでも住んでいたい場所なのです。
地元ですから、関西のニュース、地域密着型の新聞を取っていると嫌でも思い出させられます。
街はもう震災の影すら無く綺麗なものです。まるで何事も無かったかのように。
それでもあの公園には震災の火が灯り続け、被災者の方、遺族の方々は式典に参加されています。
高速道路が倒れていたり、見知った場所やビルが倒れていたりとテレビで見た当時よりも、
今見る方が辛いのは、自分の心理的状態が良くないんだろうな、と思います。
後は当時、その直後に東京で起こった「地下鉄サリン事件」。
これが震災の状況を報道するのがストップされた程の大事件となりました。
ローカル局でも震災の状況よりも東京で何が起こっているのか、というニュースばかりで
「震災の事が忘れられてしまうんじゃないか」と恐れていた事は鮮明に記憶に残っています。
もう20年。
20年前の震災の状況を後世に伝えて行くよりも、今後予測される大きな地震に備え
この震災の経験を活かし、いつ震災が来ても大丈夫だという万全な体制を整えて欲しい、そう思います。
実際に今はこの阪神・淡路大震災の復興のノウハウを東日本大震災に受け継ぐ活動をしている方々が大勢いらっしゃいます。
実際、兵庫県で公務員をしてらした方が、東日本大震災で被災した地域に行き、活動をしておられます。
地方の新聞社の記者同士の情報交換等も地元新聞で連載されています。
神戸マラソンでは東日本大震災で被災された方が、復興した神戸の街を実際に走りながら目で見て、希望を持たれた方もいらっしゃいました。
こういった小さな繋がりがもっと増えれば、今後の大きな震災に備える事が出来るのではないかと思います。
自分は被災者と言える立場であるかは微妙ですが、いざそうなった時に何が必要なのか、
何があればよかったのか、それぐらいなら幾らでも伝える事が出来ると思います。
今も全国的に小さな地震が絶えません。
全国規模で取り組んで欲しいと願います。
今後起こる災害時には被害が少しでも小さくなるように、自分でも何か取り組む事が出来ればと思います。
iPhone携帯待受☆Yunho
今回もSeasonGreetingからの写真です(*´∀`*)

※こちらは表示用の縮小サイズです。
DLはこちらから(640×960)
どうしても手を入れたかったので引きになってしまいました。
ユノの手が好きです(●´ω`●)

