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SHIROSUGI~デザイン思考を診療に

若手歯科医の思考の足跡

人は関係性の中で誰かから影響を受け、


誰かに影響を与えている。


環境を変えたいのなら、


まずは自分が変わることからはじめよう







今年、新人として入ってきた一人の歯科衛生士さんがいます。




歯科医師と同様、歯科衛生士さんも実習を通じて勉強し、


国家試験をクリアして就職してきます。




しかし当然のことながらはじめから診療ができるわけではありません。




実習でいろんなことを経験しているとはいえ、


実際の現場では天と地ほどの差があるわけです。




正直、初めの頃はアシストしてもらうたびに、


「う~ん…早く…」


なんて、いらいらしてたことは内緒です。







それでも毎日頑張っていると、少しずつできることも増え、


落ち着きながら患者さんと話をすることができるようになってきた彼女。


まだまだできないことも多いながら、自信をつけていってくれているように思います。





そんな彼女ですが、先日「接遇セミナー」なるものに参加してきたようです。




院長先生から行っておいでとの指令が下ったようなのですが、


それなりに学びの多い勉強会だったと言っていました。




「接遇セミナー」の内容はさておき、院長先生の意図としては、


彼女にコミュニケーション能力の向上を期待してのことだったんだと思います。




以前の彼女は、患者さんと話をするのが苦手なようで、


僕らDr.や先輩歯科衛生士の話すことを聞くことで、見よう見まねの会話をしていました。




もちろん、はじめの頃はそれでいいと思います。




診療前、診療中、診療後には、それぞれ話すべきポイントがあり、


それを最初からできなければいけないというのはいささか酷な話です。




最初は見よう見まねでいい。







でも3か月ほどたったある時、彼女と話していてこんなことを言っていました。


「患者さんとどんなふうに話していいかわからない。


顔色をうかがってしまい、決まり文句なことしか言えない」


たしかこんな内容だったと記憶しています。




その時のことを思い出すと、確かに説明はできているものの、ただそれだけ。




いわゆる情報を引き出すコミュニケーションの部分、


問診力や観察力の部分はあまり身についておらず、


機械的な説明しかできてなかったような気がします。




機械的な説明であれば、治療後の注意、


みたいな用紙を作って渡してあげればすむ話であって、


わざわざ時間をとってまで説明をする必要はありません。




しかし、歯科医師、歯科衛生士側と患者さん側とはいえ、


それは人対人の関係があるわけですから、


説明マシーンで終わってしまってはいけないわけです。







僕は歯科医院に限らず、たとえば美容院、コンビニ、学校、予備校、家庭…


すべての場において、人が存在する場所は


コミュニケーションによって成り立っていると思っています。




というよりも社会生活というのは人間関係の総体なわけですから、


社会生活=コミュニケーションといって過言ではない。





ではコミュニケーションというのは何かといえば、


僕は、相手の領域と自分の領域の交わる面積が増えることだと考えています。




相手の領域の一部を理解し、それに歩み寄り、自分と相手の共有部分を増やすこと。


そのためには、相手と対話をし、さまざまな言葉やしぐさからメッセージを読み取り、


それに合わせた応対をしていかないといけない。





でも、単なる説明マシーンではそれができないわけなんですね。


なぜなら説明=こちらから相手に向けた一方向の伝達なのであって、


共有面積を広げようとする試みではないからなんですね。




そして彼女はそれが苦手だと言っていました。




どうしたもんかなぁと考えていたのですが、


そんな時、先輩衛生士の一人がこんなアドバイスをしていました。


「先輩の衛生士や先生方がどんな説明をしていてどんな動きをしているのか、


それを観察して自分なりにまとめてみなさい」と。




なるほどなーと思いつつも、どれくらいの効果があるかはわかりません。


でもある程度知識や経験のついてきた今だからこそ気が付くこともあるでしょう。


僕はだまって結果を待つことにしたのです。




それから彼女はメモ帳を片手に、


空いている時間は先輩衛生士の行動を観察していました。




先輩の言葉をメモに取り、先輩の動きを追いかけ、


わからないところは質問し、少しずつ自分なりに咀嚼していったようです。




そしてしばらくたったころ、ある変化に気が付きました。




新人のその子に少しきつめにあたっていた(僕にはそう見えたのですが…)


別の衛生士さんの態度が少し変わっていたのです。




以前は彼女のできないところに目が向いていたように思うのですが、


いまは彼女の質問に対して真摯に向き合い、


彼女の話題になるときにも、こうしたらもっとよくなるのに、


という前向きなものに変わっていたのです。




それと合わせて、彼女の患者さんとの


コミュニケーションの取り方もよくなっていったように思います。




単なる説明マシーンだったのが、


ささいな冗談なら交えれるくらいの会話をできるようになっていました。


患者さんと近い距離感をとることができるようになっていましたね。




ここで僕が学んだことは、


不器用な彼女に周りの人たちが感化されて、


医院の全体的な雰囲気が変わった、ということです。




はじめはコミュニケーションが苦手ですと言っていた彼女、


それでもうまくなりたいと思い、先輩のアドバイス通り必死に観察した、


そしてその姿に周りの先輩たちの彼女に対する見方が変わってきた。




つまり、


「彼女の不器用さが周りを変えた」んです。




いや、


不器用な彼女が少しでも自分を変えようと思って動いた姿勢、


とでもいえばいいでしょうか。




人は変化するものに反応します。




たとえ小さくても、「変化」すれば必ず周りの人の目に入ります。


そしてそれがいい方向の変化であれば必ず「評価」につながります。




一方で、苦手だと言って何もしなかったとしたら、


それは「現状維持」ではなく「退化」です。




現状維持なんてものはなく、「進化」か「退化」しかありません。




そして彼女は「進化」の方にコミットしてくれた。




その姿が周りまでも変えたのです。




先ほど、社会生活=人間関係の総体と書きました。


もう少し詳しくいうと、人は関係性の中で


必ず何かしらの影響をうけながら生きている、ということです。




関係性の中でのみ生きていられる。




逆に考えれば、自分の変化は、周りの人へ影響を与えるということです。


だって、自分が誰かから影響を受けるのであれば、


同じ関係性に対して影響を与えられるということですからね。




彼女は自分の変化とともに、周りの人たちも変化させた。


それもいい方向に。




今の自分にはできない、現状に不満がある、と思ってしまうのであれば、


そのまま腐っているのではなく、少しでも変えようと努力する。




それが結果として、自分を成長させ、


周りを自分の心地いい環境に変化させる方法なんだと思います。




今後の彼女の変化に期待しながら、


僕自身も負けていられないなと感じるエピソードでした。

勝とうとする弱さを捨てて、

負けないという強さを持とう




僕が診療するときに意識していることがあります。



多くの歯科医師や専門家もそうだと思うのですが、
それはとにかくトラブルを起こさないことです。



トラブル、アクシデントとかインシデントとか
言われたりするんですが、それを起こさないようにする。



とくに医療従事者の場合、薬の投与量を間違えるだけで、
患者さんの命の危険に関わることがあります。



だからこそ、何かしらのトラブルが起こるのだけは
なんとしても避けなければいけないんです。



医者といえば一昔前はある種崇高な存在で、
「お医者様」なんて言われていた頃もあるくらいなんですね。



しかし、どれだけ「様」をつけたとしても
しょせん医者だって人です。人であれば当然ミスもあります。



ニュースに出てくるものは比較的大きなミスだったりしますが、
出てこないものを含めるとどれだけのミスをしているかわからない。



そんな中で大切になってくるのが、
起こったミスに対して、どれだけリカバリーできるのか、
というところなんです。



ミスをしないようにするのは当たり前、
それでもミスをしてしまったときにどう対応すればいいのか、
それが大切になってくるんです。



ミスをしないようにする。
ミスをしたときにきちんとリカバリーをする。



この二つって、別に医療に限らず、
すべてのことに通ずると思うんです。



僕は子供相手に診療することが多いのですが、
子供の場合、単純に虫歯を治すだけではダメなんです。



歯科医師としては、
子供の口をきれいな歯並びに誘導すること、
それが何より大切になります。



子供の虫歯を治して、はい終わり、
って歯科医師は失格でしょう。



子供は成長期の真っ只中にいるので、
お口の中もどんどん変化していくのですが、
やはり変化の途中にあるので
どんな予想外の変化が起こってくるかわかりません。



そのため、時々レントゲン写真を撮ったり、
お口の中の写真を撮ったり、前のものと比較したり、
そんなことをしながらトラブルに対して
早めの一手をうっておくことが大切なんですね。



要は、
未来を見る視点
これがどうしても必要になるんです。



さて。



こうやって、先回りしてトラブルを防いでいく、
というのはある意味地味な作業です。



しかも子供の成長に合わせて
常にみていかないといけないから、
どうしても長期的になってしまう。



なんなら、虫歯だらけの口の中を
一気に治していくほうが変化も見やすいし楽しいでしょう。



それでも、僕はトラブル回避に重点を置きます。



それは、トラブルが起こってからだと
リカバリーがものすごく大変だってわかっているからです。


目の前の治療に集中するのを「勝つ治療」とするなら、
長期戦でトラブルを防いでいくことは「負けない治療」と言えると思います。



これはビジネスでも同じです。



利益ばかり求めてしまう人、
つまり「勝とう」とばかりしてしまう人は、



どうやって集客しようか
どうやって売っていこうか
こうすればきっと買ってくれるだろう



それはある意味、視点が自分視点になっているのです。


しかし、「負けない」という視点を持っている人はどうかというと、
お客さんとの長期的な関係をベースに考えていくことができます。



これをしたら喜んでくれるかな
お客さんはこれを望んでいるのかな
どうやったら伝わりやすいかな



負けないというのは、非常にしんどい面があります。



勝ちにいく、つまり勝負を決めにいったほうが早く終われるので、
早く楽になれますよね。



それでも、それはどこかで相手を見ていない、
自分本位になっているのだと思います。



負けないというのは、ある意味でしんどく、
自分のしたことに長期的に責任を持つことであり、
どんなトラブルが起こっても対応できるように常に準備をしておくこと。



もっといえば、「負けない」というのは、
人生にわたっての長期的な視点だということです。



一度も「負けない」ために、
一瞬の「負けない」のために、
一生にわたって「準備と努力」を続けないといけない。


昔の栄光にすがっているヒトはたくさんいます。


僕は昔こんなすごいプロジェクトに参加していた。
僕は昔こんなに稼いでいたんだよ。


そう言っていまは何もしていないような人に
誰が惹きつけられるというのでしょうか??


そんな人よりも、
「負けない」ために毎日継続して努力をしている人
こちらのほうが明らかに魅力的で、
人はこちらの人についていこうと思いますよね。


一度の「勝ち」、一度の「成功」。
もちろんその瞬間においては意味があるでしょう。


しかしそれよりも大切なのは、
「負けない」という状態を続けていくことだと思うのです。


でしたら僕は、
「いつも負けないでいたい」。


そんな自分でいたいなって思います。

人の価値とは、その人が得たものではなく、


その人が与えたもので測られる。


(By アルベルト・アインシュタイン)







僕の考えの一つに、


「すべてのものは関係性の中でのみ意味を持ち、


関係性が変わればすべてのものの価値は変わる」


というものがあります。




なんか小難しく聞こえると思うのですが、


簡単に言うと、


人は周りに人がいてはじめて役割が決まる、


ということです。




もし無人島に一人きりしかいない。


ケータイもない、パソコンもない、毎日をただ生きるだけだとしたら、


その人の生きている目的って、ただ生きるだけになってますよね。




自分の持っているものを受け取ってくれる人がいるからこそ、


自分の立ち位置が決まってくるんです。




親がいるから、子供でいられる。


子供がいるから、親でいられる。


生徒がいるから、先生でいられる。


患者さんがいるから、歯科医師でいられる。


クライアントがいるから、デザイナーでいられる。


……




こんな感じで、自分の持っているものを


受け取ってくれる相手がたくさんいれば、


つまり、この関係性がたくさんあったとすれば、


それだけ自分の役割、つまり自分を意味づけるものがたくさんあるということ。




アインシュタインのいうところの、


「人の価値は与えたもので測られる」というところです。




自分を意味づけるための「つながり」がどれだけあるか。


その「つながり」の分だけ、与えることができ、


結果として、自分という存在の意味がはっきり見えてくるのです。




ガラスのコップを例に考えてみます。


ガラスのコップというのは、上から見ると円形ですよね。


でも横から見ると長方形や台形だったりします。




こうやってどんどん見る視点がふえていくことで、


このガラスのコップをより滑らかに、よりクリアにみることができるようになるのです。




人間関係もこれと同じ。


どんな人とつながっているか、というのは、


自分をより滑らかに見る方法であり、


自分の価値をクリアにみるための唯一の方法なんです。




自分の話した言葉がどれだけの人の心に届いたのか、


自分の書いた文章がどれだけの人の心を動かしたのか、


その一つ一つが自分の姿をはっきり見るための視点になるのです。







人は、自分一人のために生きているわけではありません。


人は家庭とか学校とか職場とか、いろんな共同体の中で生きています。


人が「社会的動物」なんて言われる所以です。




そんな中で一番つらいのが、


自分のいる共同体の中で「孤独」でいることなんです。


共同体の中にいながら、誰ともつながっていない状態。


ぽっかり一人でいるような状態です。




つまり、人の幸せっていうのは、


共同体の中で「誰かに必要とされていることだといえるのです。




そしてその必要としてくれる誰かのために、


自分の持っているものを提供する。


そこにお金が発生すればビジネスになるだけの話。




アインシュタインは続けてこう言っています。




学校や大学、そして人生における学習のもっとも重要な動機は、


労働の喜びであり、それによって共同体に奉仕する結果を獲得することである。


と。そして…




教育者のもっとも大切な仕事は、


若者をこれらの心理的な力に目覚めさせ勇気づけることである。



とも。




自分の周りにいる人たちにしてあげられること、


それを探してとにかく与えることからはじめていくこと。


それが人が生きていくうえで土台となるところなんでしょう。




そしてそれを一番最短で形にできるのがビジネスだと思うのです。




インターネットを使った発信をすれば、


きっとその発信に対して影響を受ける人がいる。


その人たちのために与え続けるようにすれば、


自然とそこにはビジネスが出来上がります。




まずは、ビジネスの基本的な部分、


そしてビジネス全体を支える情報発信力、


それを鍛えるところから始めませんか??




僕はビジネス思考を学んでから、


歯科医師をしながら、自分が何を提供できるのかを常に考えるようになり、


結果として、自分が影響できる多くの人に価値を提供することができています。




これからの時代、単なる技術だけの人は不要になってきます。


ならば、自分の持っているものを、求めている人のもとに、


ちゃんと届けられるだけの力を身につけていってほしいと思います。