「 くそじぶんしゅぎだな 」
これかなり重要。
by ミス キング (のんさん主演ドラマ)
私のど真ん中をズドドドーン
と入ってきた言葉。
と入ってきた言葉。「 くそじぶんしゅぎ 」
今では
私の中で 無敵のステキすぎる言葉になってます
前はね こんな言葉を
家族によく使っていました。
「 普通考えたら… 」 「 普通やったらさ〜… 」
「 あたりまえに考えてみてて… 」
「 どう考えても… 」
普通と定義付けた 私の中にある価値観
価値観という教科書や参考書に
主人や子ども達を当てはめる
クッキー型のように
その中にちょうどハマるように
当てはめようとしていたんです。
そこから はみ出す子どもを何とかしようと
心配したり 焦ったり 悩んだり イライラしたり。
私は親から 比べられる事が大嫌いで
私は絶対にしない
あんな風になりたくない
あんな風になりたくない
思っていたのに・・・
自分の中にある
教科書や参考書の中身と比べていた私
当てはめるものなんて最初からないのに
それに当てはめた方が 私が楽だから
それに子ども達が沿ってくれた方が 私はいいから
そっちの方が 子どもも生きやすくなると
私は思うから
そこにハマって欲しい そっちの型にハマりなさい
気づいたら そうしようと必死になっていた私。
昔 小学校の道徳の時間に
自分がされて嫌なことは人にしないと学んで
「 そう
自分がされて嫌なことはしない
」
自分がされて嫌なことはしない
」思っていたに
我が子に
してるじゃないか
求めてるじゃないか
求めてるじゃないか
型にハマればいいのに
ハマって欲しいと願っていた私。
型からはみ出そうとする部分を
悪だと決めつけて
ダメな部分だと決めつけていた。
子ども達を見ず
私の中の教科書や参考書
価値観を通して見ていた私。
それですんなり あっさり スルリと
行くはずもなく











その時の私は 地雷踏みまくってました











で 燃え尽きて疲れてるを繰り返してました
でもある時 ふと思ったんです。
この子は 我が子でもあるけど
子どもではなく
1人の「 人、人間やん 」
子ども達(特に上の子)
この子は どこもおかしくないし
修正せなあかんところなんて
どこにも ないんちがうの。
当時 上の子が小学校の時
彼は 自分の意見をしっかり言う方で
彼の中で違う
と思う事は意見する
と思う事は意見するそれが時に 衝突の原因にもなったり
ほぼ クラスメイトとやったけど
たまに先生の時もあり
先生からの呼び出しが 毎日のようにあったり
それでも 学校に通ってたし
もしかしたら彼は 他の子達よりも
たくさん怒ったし
たくさん悔し泣きもしたし
その中で 一生懸命生きてた。
そんな彼に
私は どんだけ苦しいことを求めてるねん
どんだけ失礼なことしとるねん。
一生懸命に生きてたし 過ごしてたやん
うちの子 すごいやん









最初から
型にハメることも 修正するものも
何もなかった
「 このままでいい 」
「 今のままでいい 」
こう思える時があったのを覚えてます。
ずっと私の中にあった
教科書も参考書も 気にならなくなった。
無くてもいいや
と思えた。
と思えた。ずっとこれまで 多分彼が中2 中3 ぐらいまでは
心は重かったし 身体にも色々症状が出たし
まだまだあの時は重たい思いを
背負ってたんでしょうね私
今は 心がふわーん
身体もふわーん
身体もふわーん
感じれてる時あるし
何より 前より笑えてると思うし
まあ でも言うてもね
やっぱり
心配ゼロ 焦りゼロ イライラゼロにはならんし
伝えたい事は
煙たがられても
伝えようかなと思ってはいます
今はね 彼も高校生の真ん中になってるし
時々 片目つぶって・・・ではなく
両目つぶって 口塞いで
見ない努力 言わない努力もしてます
私ってえらい





その代わりと言っちゃあなんですが
母ちゃんパワー
Loveパワー

は 飛ばしてます


は 飛ばしてますもちろん秘密で
たまに 問題発生あったり




でも 揺るがない

私は これでいい

誰が何と言っても
「 これがいい 」
誰かが 違うと言っても おかしいと言っても
それは その方の中の価値観やからね
そこに ジャッジしようが 何だろうが
周りが
どうであれ 何であれ
私の中の 愛があるなら
根底にあるもんが「 愛 」なら
「 くそじぶんしゅぎ 」
生きるべし







自分にもそう
子ども達にもそう
何回も言うけど
根底の愛を忘れんように
伝えていく



そう思ってます。




主人もそうですが 子ども達は特に
彼らを通して
私は
振り返れたし
立ち止まされたし
地団駄踏んだこともあったし
そうやって自分を 観れてきたから
大切なものに 気づかせてもらえたから
外側じゃなくて
自分の内側に
飛び込むチャンスをもらえたと思っています。
だから つくづく
ありがたい存在やなと感じています
今やから 思うけど
小学校の時に学んだ
自分がされて嫌なことは人にしない
これをもっと深く 深く具体的に
わかってたらなぁ 知れてたらなぁ
と思ってみたけど
やっぱりそれぞれのタイミングがあるから
これが私の中で 理解できた
パーフェクトタイミングやったんやって
思いました
あと くそじぶんしゅぎでもう一つ
最近 こんなくそじぶんしゅぎを見つけました。
ある時主人が(彼は台湾人)
髪の毛をかわかしながら言ってきたんです。
「 ほらっ 何だっけ
お風呂に君が入ってだ時に歌っていたやつ
」
」リズム感があまりない彼が
頑張って鼻歌で歌ってくれたのを聞いて
私なりに思い返してみた結果
歌う瞑想の曲



私時々 お風呂で瞑想するんです。
その中で 歌う瞑想があって
何度か口ずさんでたのが
外まで聴こえてきたんでしょうね




私が歌っていたのは
詳しくは覚えてませんが
確か 英語ではなかった。
「 オーマニ ペメ メイ フム 」やったかな

旦那は 「 あれ GOODな言葉だなって思う 」
私 「 英語じゃないのに 分かったん
」
」旦那 「 あれは こう歌ってたでしょ
」
」 All money comes back home 

私 「 え・・・待って 何って
」
」旦那
All money comes back home

旦那 嬉しそうに歌ってる

私 













私が歌ってたのはですね
「 オーマニ ペイ メイ フム 」
彼には
「 オール マニー カムバック ホーム 」
と聴こえてきた


ようです





ようです


私がしている 歌う瞑想とは
まったく意味が異なりますよ



とは伝えましたが
旦那は 「 うん これがいい 」
「 だから これ歌い続けたらいいよ
」
」だから
意味 全然違いますけど
聞いてますか


笑いながら「 僕にはそう聞こえたよ 」
めっちゃ自信満々に
これも主人の
「 くそじぶんしゅぎ 」やな。
でも なんか幸せも感じれたし
楽しいし


そう



それぞれが幸せな方を選ぶ
愛の感じる方へ







これからも 私は選ぶ
「 くそじぶんしゅぎ 」
まっしぐら



生きてるからこそ
喜ぶ時もあるし
怒る時あるし
泣く時あるし
凹む時あるし
それでも それが自分の真ん中にある
しゅぎ 主義 主木 なら
くそじぶんしゅぎを味わったら
やめられない 止まらない
中毒性が発生しますよ![]()
でも 安心してください![]()
愛いっぱい 幸せいっぱいの中毒しゅぎです![]()
今日も最後まで読んで頂きまして
どうもありがとうございました![]()
感謝です
愛と光のパステルアートメッセンジャー
Maria


