例えばの話。
人がもし、自分が望まれずして生まれてきたと知ったらどうなるだろう。
もがいて苦しんで、どんな手を使ってでも何かを呼ぼうとするのではないだろうか。
人を疑い、人を責め、自分を責め、そして自分の存在意義を探そうと必死にもがき苦しむのではないだろうか。
成長する過程で、多くの人は自分の中に仕切りを作る気がする。
それが自分を守る確かな方法であるから。
純粋なままに生きることは危険で、そして時に残酷であるということを、身を持って悟るから。
したたかに生きることが、生きる術ともなる世の中。
純粋に待っている小さな命が多くある。
何かを疑うことを知らず、責めることを知らず、
自分の生まれてきた意味を疑うことなく、ただただ待っている小さな命がある。
羊の毛の毛布の上で。
ペットショップのショーウィンドウで。
とある街角の段ボール箱の中で。
コンクリートと鉄の格子に囲まれた薄暗い箱の中で。
それは、何の罪もないペットたち。
幸いにして、うちで飼っていた仔は「家族」を得ることができた。
毎日食べるものがあって、毎日外を歩くことができて、毎日抱きしめてくれる人がいて、毎日暖かい温もりの中に居場所があって。
そして信頼する家族の腕の中で最後を迎えることができた。
そして私は彼女が死んで、初めて知ることができた。
彼女を火葬してもらったその施設に、月に何回か連れてこられる仔達がいる。
その眼は皆、どこか悲しくて、とても優しい。
何かを信じたくて、でも不安そうにまっすぐ見つめる二つの眼が、心に突き刺さる。
そのたびに私はとても苦しくなる。
世の中には、1日に生まれてくる命よりも多く、人の手によって消えていく命がある。
たったボタン一つで、たくさんの命が消えていく。
きらきらして、まっすぐに見つめるその眼が消えていく。
あるお母さんのお腹を痛め、その母体で月日をかけて大切に育てられ、そして必死に生んだその命たちが、機械にとりつけられた、たった一つのボタンでまるでリセットされるように消えていく。
一時間前まで暖かかったその体は消え、その後に残る白い粉と無数のかけらが無言で訴えかける。
そして人は後悔する。
それを見て初めて後悔する。
失ったものと、その罪の重さに初めて気づく。
もう少し、彼らがずるかったら、もうあとちょっと彼らが邪悪で獰猛であったなら、こんなにも苦しく思わないのにと思う。
しかしその大半は、純粋で賢くて、優しいきれいな命なのである。
そんな彼らを救うためにできることは、一体なんだろうか。
こんな悲劇を減らずためにできることは??