こんにちは。
今日は野球部の年内最後の練習試合でした。
12月以降に練習試合をやってはいけないという高野連?のルールがあるので、次に練習試合をするのは3月です。
理由は、本当かどうか定かではないのですが、雪国との不公平性を無くすためとか。
今日は某大学付属私立高校と対戦しました。県大会でベスト8に入るようなチームで、結果は大敗でした。
しかし、先発の生徒は9回完投で粘り強く投げました。その彼は私が担任するクラスの生徒なのですが、フィジカルに恵まれ、140km近いストレートを投げます。しかしメンタルが不安定で、よく制球を乱します。また気分屋な性格で、自分の結果が出ないと不貞腐れて投げやりなプレーをしたり、声を出さなくなったりで監督の先生から頻繁に怒られます。
11月の上旬の練習試合では、ミーティングで怒られたことから、その場で部活を辞めたいということを言いました。監督はその日粘り強く話をし、その後も指導を続けました。
その影響なのか、今日の試合ではこれまで萎えていたようなことがあっても、最後までボールの質を落とさず投げ通しました。私は試合終わりのミーティングでその成長を指摘し、「立派だった」と褒めたところ、二試合目の最中もブルペンで投球練習をしていました。素直に喜んでいたようです。かわいいやつです。
さて、そんな生徒を見ていて思うのは、試合中の選手の気持ちや考えていることが分かれば、野球ド素人の自分でもベンチ内で活躍できるのではないか、ということです(技術的なことで気が付くことはあるのですが、言っても説得力がないのでほとんど言えません)。
野球はサッカーと違い、プレーが途切れます。ずっとPK戦やセットプレーをやっているようなもので、それが他にはない緊張感を生みます。一試合のなかでも、マウンドのピッチャー、バッターボックスのバッター、ファインプレーやエラーをした野手、喜び、悔しさ、期待、不安が入り乱れます。野球は感情のスポーツとも言われるそうです。実際、感情で生まれる戦略がたくさんあります。バッターの打ち気、盗塁の偽装スタート、ミスに付け込むセーフティーバント、ファーボール後の初級狙い、まっすぐと変化の割合、試合の流れなどなど。
人間は感情や考えが全てです。生徒の感情や考えを正しく把握できるようになれば、ベンチ内での活躍どころか、教員としてやれることも圧倒的に増えるのではないかと思います。結局、気持ちに寄り添えないとどんな指導も聞く耳をもってくれないだろうし、なにより生徒の気持ちが伝わってくれば、何かをしてあげたいという意欲がわくと思います。
ただ、気持ちや考えを透視することができるわけではありません。生徒の気持ちや考えを知るためには、なにより会話をすることだと思います。例えばデッドボールを当てた時、どう感じたのか、ライナーバックができなかったとき、何を考えていたのかなどです。見れば分かるかもしれませんが、意外な気持ちや考えが潜んでいるかもしれません。
また、性格や目的意識の把握も重要だと思います。外的要因のせいにしやすい性格であれば、ホームランを打たれても、「外野が狭いせいだ」と心の中で言い訳をしているかもしれません。野球を楽しめればよいという目的意識であれば、ホームランを打たれても、悔しいという感情は沸きづらく、「なんか楽しくないなあ」、という感覚をもっているだけかもしれません。
その生徒を望ましい方向へ導くためには、それらを総合的に判断した声掛けが必要です。ホームランを打たれて帰ってきたピッチャーに対して、まず第一声で「外野が広ければレフトフライだったな」と言い訳を認めてあげること。「打たれると楽しくないよね」と価値観を受容してあげることを伝える。そのうえで、「もっと低めに投げられていればあそこまでは運ばれなかったかもしれないね」「0点で帰って来つづけられたらもっと野球楽しいよな」と、言いたいことを言うという順番なら、生徒の心に浸透するのではないでしょうか。
とはいえそれがうまくできれば苦労はありません…。なんにせよ、生徒のことを知るための努力をし続ける必要があります。生徒の生きる力をはぐくむために、お互いの人生を豊かにしていくために。またそれを実現できる力のある教員を目指して、これからもトライを続けていきます。