なんで「死にたい」て言ってる人間に
「そんな事言わないで」
「生きて欲しい」
て言うのか
勿論その感情もその人のものだし、本心なのだと思う
でもさ
それ、「死にたい」人に向けて投げかける言葉?
本心だからそうぶつけてるのだとも思う
それも分かる
命なんてそもそも尊くも無いと私は思っている
国家を作るための「財産」だと私は思っている
そもそも勝手に気持ちいいことをして、偶然にも精子と卵子が出会って、できた産物、人間
それが「尊い」なら何だって「尊い」と思われるのがそうあるべき適当だと思う
生活習慣病とかもね、行動の結果だから、子供が産まれるのと同じ原理だと私は思う
話がとても逸れたけれど……
「死にたい」人の、その気持ちの理解から何故入らないのだろう
その人が「尊い」なら、その人の気持ちを先ず汲もうとするのでは?と思うわけです
「尊い」人の「死にたい」の気持ちを汲まないで「生きて欲しい」なんて、なんて自分勝手な事か
いや、理解してます、分かってます、事情も何も理解した上でそう言ってます!
て思う方もいらっしゃると思う
でも私はこう思う
じゃあ、なんで、それ先に言ってくれんの?
と
分かってるなら、理解してくれてるなら、先に言って欲しい
と
それだけでも全く違うのに
と
これは私の持論でしかないけれど……
最近、本当に死のうと思った時があってですね
その時にお世話になった友人にはとても感謝しています
ここまでの意見は相当妄言かもしれない
でも今まで私は自分を偽って、自分の意見を飲み込んで、自分に嘘を吐いて、生きてきた
でももう、それ、疲れたんですよ
こう思われるかもしれない
ああ思われるかもしれない
機嫌を損ねるかもしれない
どうしようどうしようどうしようどうしよう
どうすればいい?
どうしようどうしようどうしようどうしよう
死ねば楽になる?
一時的に辛い気持ちを吐き出して、また偽って、辛くなって……の繰り返し
疲れたんですよ
だから私は、今、ここで、「私」の意見を述べて、いい気持ちになりたかった
これが「私」だ
拒否するならすれば良い、それはあなたの気持ちだ
分かってくれたなら、儲けもの、ありがとう
もうそんな気持ちで生きていきたい
そう思った
だから書き散らかしてみた
ここまで読んでくれた方、ありがとうございます
これを読んだあなたがどんな気持ちでも、ここまで読んでくれた事には本当に感謝しかない
ありがとう、ありがとう