雪のち流星ときどき花火 -32ページ目

雪のち流星ときどき花火

腎不全【血液透析3回/週】と脳出血による左片麻痺・心筋梗塞2回と左脚切断を抱きながら、独り身をエンジョイしていつつも、ぼちぼち寂しくなってきたアラフィフのおっさんが日々の載せたい・体調諸々と←つまり何でも良い(^_^;)を気まぐれにアップするブログです。

うぃうぃ~、ちゃりだす。本日は活動行われましたよ-。
活動前のウオーミングアップ?なのでしょうか?
みんなで中林拳の13番をしちょりました。
部員の間では通称むちこ踊りと言われているようです。
果たしてこれがウオーミングアップになるかどうかはともかく
気がつけばみんなが居なくなっていたので
急いで追っかけたおいらでありました。。。(^_^;)
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ほんでもって活動場所のひまわり広場です。
広いのをいいことに部員はみんな暴走しまくり千代子でしたが
飛び入りの方なんぞもいらして、楽しかったです。
最後はちゃんと居合わせた皆様にご挨拶もしてきました。
重さなんかに負けないぞ~。行け~ぷんぷん部!負けるな~ぷんぷん部~!
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今日、テレビで妊娠中に癌になった人のドラマを見た。

妊娠中の癌の人に出会ったことはないけど、入退院をすることが多かった私は

何人か癌で友人を喪っている。

思い出すひとりはたいそう面倒見の良いアキキのような存在の人であった。

自分でも癌であることを自覚しながらも明るい人となりであったことを思い出す。

私が先に退院をして外来の度にお見舞いに行ったっけ。

「ケンタッキーが食いてー」と言われ、最寄りのケンタッキーに買い出しに出たこともあったなぁ。

病状が進行するにつれ体調の波が激しくなっていく様を目の当たりにした。

個室に入ってしまってからはドア越しにベッドの上で

「今日はダメだぁ」とばかりに両手でばってんを作っていたことも何度も見た。

ある日その病室がやけに慌ただしくなっていたことがあった。

数日後、その人の訃報を聞いた。

自分の無力さを思い知ったものである。

いっつも人を笑わせてくれていた人であった。

病気すらもネタにして・・・・・

もう一人の方はパソコンの師匠だ。

私がパソコンに触ったのは30歳の時が初めて。その方から格安で譲ってもらったものだった。

何かわからないとすぐに電話で聞いたモノであった。電話番号は今でも覚えてる。

どこのサポートよりも正確かつ詳しくいろんなことを教えて頂いた。

病院ボランティアも一緒にやった。その時の仲間とは毎年お墓にお邪魔している。

うるせー奴らが来たと思っているかも知れませんが、ご存じの通りの奴らですので

年に一度はご勘弁!

最後のお見舞いになってしまった日、彼は意識も危うい状況であった。

私の帽子のつばを引っ張り「ウヘヘ」と笑っていたのが印象に残っている。

パソコンに関しては数え切れないくらいの知識やテクニック、はてはネット上のマナーに至るまでいろ

んなことを授けてくださった。

Kさん、Nさん。今でもあなた方の思い出は私の中にちゃんと息づいております。

俺ぁもうちょっとこっちで頑張るつもりですけど、

いつかきっとそちらに行く(みんなもね)と思います。場所取っといてね。