どうも

 

 

🥦だyo

 

 

あなたは不登校youtuberを

知ってる?

 

 

不登校を貫いている

小学生。

 

 

すごい決断力だと

僕は思う

 

 

まあ、

良いか悪いかを

決めるのは他の誰でもなくて

 

 

本人だと思うが

あなたはどうだろうか?

 

 

「小学生という立場」

「まだ義務教育が終わってない」

 

 

確かにそうかもね

 

 

でも、

ゆたぽん(不登校youtuber)

はこう言っている

 

 

「死ぬまでして

学校に行く必要はある?」

 

 

ない

 

 

もちろんない

 

 

ただ、

次の言葉は気になる

 

 

「漢字はググればいい

算数は電卓がある」

 

 

だったかな?

 

 

本当にそうだろうか?

 

 

漢字をググるにも

ある程度の知識は必要だ

 

 

電卓ばかりを使っていては

考える力が鍛えられない

 

 

いや、

 

 

そもそもその論点が

間違っている

 

 

学校はどんなことをする場所か?

 

 

である。

 

 

あなたはどう思う?

 

 

学校は何をするところだろう

 

 

僕は小学生の時

遊んでばかりだった

 

 

勉強が嫌いだった

 

 

でも、

小学校のテストなんか

毎回100点だ

 

 

簡単すぎるからね

 

 

じゃあ、

勉強をする場所ではない。

 

 

それは決まりだ

 

 

生活していくのに

必要なことを学ぶところだろうか?

 

 

箸の持ち方

挨拶

ルール

 

 

これらは家で教えればいい

 

 

これもまた違う。

 

 

じゃあなんだ

 

 

このブログでは

僕の答えが正解だ

 

 

なぜなら僕のブログだから

僕のいうことは正解となる

 

 

しかし、

 

 

これを読む誰かが

存在するとき

 

 

このブログは僕のものでは

なくなる

 

 

このブログは僕とその人の

ブログになる

 

 

僕のブログを100人が

読めば

 

 

このブログは

100人のブログになる

 

 

そうやってこのブログを

読んでくれる人が増えて

 

 

最終的には

たくさんの人の感想を

知りたい

 

 

要するに

これを読んだら

コメントしてほしいという

要請であるw

 

 

僕の考えはこうだ

 

 

『学校は人と人との

関係を学ぶところ』

 

 

これだ

 

 

学校にはたくさんの人が

絡んでいるし

 

 

これからもっと多くの人が

絡んでくる

 

 

現段階では

・文部科学省(国)

・学校の先生

・通っている子供

・地域の人

・保護者

・学校ボランティアの人

 

 

などなど

 

 

これからは

・ゲストスピーカー

・専門職(伝統職業)

・ALT(もうすでにある)

などなど

 

 

僕が考えもつかないような

人たちが絡んでくるだろう

 

 

なぜかって?

 

 

『開かれた学校』を

国が目指しているからだ

 

 

そんないろんな人たちが

教えに来てくれる世の中だ

 

 

学校に行って学ばないのは

もったいないではないか

 

 

不登校は自分との戦いだ

心の準備期間とも

言われている

 

 

ゆたぽんのいう通り

死んでまで学校に行けとは

絶対言えないというか

言ってはいけない

 

 

だが、

不登校を推進するのも

また違う

 

 

不登校の子供の中には

行きたくても行けない子供もいるのだ

 

 

それを行かなくてもいい

インターネットの普及で

ググればいいし電卓使えばいい

 

 

なんてことを言って欲しくはない

 

 

でも

 

 

そもそも

そんなことを言わせているのは

誰だ

 

 

ゆたぽん本人だろうか?

 

 

国?

環境?

周りの人?

学校?

 

 

学校が楽しくないのは

いつからだろうか

 

 

それをもっと深く考えていく

必要があるのではないだろうか

 

 

外だけ面がいいのは

もうやめよう

 

 

日本の教育にお金を

かけられない日本に未来などない

 

 

だって

日本の唯一の資源は

石油でも金でも銀でも

レアアースでもない。

 

 

子供なのだから

 

🥦