努力報告書

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教師になるのが夢です。

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全体像をみる練習。


全体像をみる練習。



自分の反省点ばかりに関心がいく。


他の人は関係ないという考え方やめなさい。


自分の踏み込んだ話をすれば、相手の踏み込んだ話がきけるはず。






歴史から学ぶ人は賢者。


経験から学ぶ人は愚者。






自分のことしか考えない人。


自分の夢だけをみて


自分の狭い世界だけみて


自分がどう思われているかばっか気になって


なにもみてない。



それは案外誰もがそうなんじゃないかって


そう思う。




クラスって小さいようで大きいのかも。


「クラス一丸となって」というキャッチフレーズはよくきくけれど


それがどれほど難しいか、


義務教育で学校というものに触れた誰もが知っていると思う。



学校は画一化された世界だが、


水面下では十人十色、


だれもが違う考えや価値観を抱えて生きている。


それは誰もが知っていることなのに


人はそんなことすら忘れてしまう。



同じものをみていても


同じ空間にいても


全く違うものがみえる。




多くの人は全く違うものの考え方に鈍感で


別の価値観をもった人に負担をかけていることに気づかない。


仲間内で気づいて注意できればいいのに。


そう思うことはまだ人任せ。


自分が注意できなきゃダメだ。


自分が注意しても反感だけかって


自分の伝えたいことが伝わらないんじゃないか。


自分が賢ければ良いのに。


賢いってなんだろう。



とりあえず、自分は賢くない。


だからといってただ自分はそのことがみえていると


胸をはっているやつが一番愚かだ。


みえていて行動していなければ


みえていないのと同じ。


行動しなければ状況は何も変わらない。


世界が変わらないのなら、自らが変わらなければ。



賢い人はよく人を見てるんじゃないかと思う。


つまり客観的に見える人。


客観的に見える人は、


ある見方をしてる人と


それとはまた別の見方をしている人、


そのどちらの人もみているから


2つの見方をみることができるんじゃないか。



人をみるには人に興味をもつことが大事。


人に興味がないから傍観者としてみることができる人もいるけれど、


それは傍観者であるから世界を変えることはできない。


人に興味をもって賢くなる人だけが


世界を変え、人を幸せにすることができる。




あたしはどうやって注意しようか。


なにもみえてない相手に


あたし自身に直接迷惑があったわけではない。


けれどモラルでしょ?


どう伝えればいいんだろう。


迷惑がってる人がいるから、


とは言えない。


「お前は何様だ。


迷惑だと思っている人が直接言えば良い。」


そう思われておわるだろう。


でも迷惑だと思っている方が言いにくいことだってある。


仲間内で気づかせたい。


あたしはなんて伝えればいいんだろう。


さらっと言えることじゃない。


もっと複雑なこと。






言われるまで、


なにも気づかず


同じ空間にいた自分が


申し訳なくて


恥ずかしくて


自分の鈍感さに嫌気がさす。




一生懸命な人たちの前で


しゃべり続ける半分の人たち。


こんなうるさくて良いわけがない。


そんな風に思っていたはずなのに、


お互いそのことに慣れてしまった。


初めの違和感をもっと大切にすればよかった。


後悔してももう遅い。





人と一緒に生きること。



違うものの見方をする人を認め、


自分の見方を相手に伝えていく。






過去のことは悔いてもなにも変えられない。


未来のことは予測しても変わっていく。


変えることができるのは今だけ。



今を大事に生きるには


人をみること。


なにをみて


なにを感じて


なにを考えているのか


そういうものに鋭敏になって


世界を変えていきたい。




うちらうるさくない?


そう一言言えばいいんだ。


それだけで見えるなにかがあるかもしれない。


同じ空間にいて


同じものをみて


相手の視線に触れてみる。




複雑なことは


根元からほぐそうとすれば


よりいっそう絡んでゆく。


表面からゆっくりとほぐすのが


地道に見えて最も近道だ。






みんなのことが好きだから


みんなが心から笑える世界であるように


自分が変わる努力をしたい。