フェミニズムという言葉が聞こえてくる時代に育ちました。
フェミニストと言われる人を、メディアを通して見る機会が何度もありました。
探せばきっと
学術的な定義が何処かにあるのだと思います。
マスコミが広めたイメージを振り切る為には時間がかかるかもしれないけれど、
女性を神と崇める男性をフェミニストと読んでいる場面を今だに見かけることもあるけれど、
違いますよね。
フェミニズムは、そういう意味ではないはずです。
フェミニズムとは、根本的には、人間は男女問わずに平等であること、
格差のない扱いを要求するという動きのことを言います。
レディーファーストとか、
女性が自分で開けることのできるドアを開けて紳士ぶる行為は
フェミニズムを反映するものではありません。
性別に関係なく、人はひととして認識される必要があるということ。
女性はみんなドレスを着ていて当然と思われていた時代には、
女性がパンツスーツを身につけるだけでフェミニズムの問題定義が成立した。
女性が意見を持つことが認められていなかった時代には、
女性の選挙権を確保することがフェミニズムの定義のようになっていった。
時代は変わって、いつの間にか、
露出度の高い服を装い、自己主張の強いメイクをした女性が
女性の意欲を謳うことがフェミニズムの運動になったりした。
機会のない時代から、機会はあるけれど不平等な現代に移ると
フェミニズムの運動は女性がNoという言葉を使うことを励ますようになって、
女性に対する嫌がらせや暴力、
男女の収入差や女性の雇用機会の不平等を公にすることで
妥協を強要する文化や慣習を、立ち止まって今一度見直すことを要求するようになりつつあるのです。
女性を弱い存在と決めてかかることで、
守るべき存在だとか、
女性は無理をしなくていいとか、
泣きたくなったら男性が肩をかしたくなるような存在が理想だとか・・・
時の流れに社会の理想がついていけていないところが目につくようになって
そんな時は誰かを責めることなく、
気になることがあったら質問を提示することが対話を始めるきっかけになったりします。
不慣れな環境においては、男性も女性も、足元を不安にする人を守ればいいでしょう。
性別に関わらず、無理はほどほどにするものだと思います。
女性が得意な課目を男性が苦手にしたら、性別が逆転するというわけでもないでしょう?
女性が結婚の相手を選ぶことのできる時代から、
結婚しないこと、子を産まないことを選ぶことのできる時代に移りました。
結婚を前提にお付き合いするのではなく、
大切な人と今後の人生を共にしたいと同意することになったら、それから結婚を考えればいい。
文章を逆さまに読むだけで、こんなにも自由と権利を表現できるものです。
女性が自分の体に何を要求するかは、当の女性自身が決断すればいいこと。
社会や、周りの人間が説得したり強要することがあってはいけませんし、
女性が説得に応じる必要もないということです。
女性がNoといったら引き下がる潔さを、社会にも、男性にも持ち合わせてほしい。
そうやって女性が一人の人間として決断を下すことのできる世界において、
義務感や社会からの圧迫から逃れるためではなくて
一緒に時間を過ごしたいと思うから共に生きることを約束する。
そんな関係を作ることがことができる人が増えたら、
結婚なんかする必要はないということに気づくのではないかと期待しています。
