『いま』だけが、存在する時間
突然ですが、コロナになりました。近ごろはインフルエンザに押されていて、珍しいとか。幸いそれほど高い熱も出ませんでした。最大瞬間計測値で38°くらい。とはいえ、お医者さんの診断書には、❝発症後3日は、人との接触は控えめに。その後2日は、他の人と一緒に食事するのは避けてください。❞とあります。やはりこの期間は、人様にうつすらしい。でも、もうかつてのような「隔離」ではなく、基本的に自己判断だそうです。 これは大人の場合。 子どもはもう少し制限が厳しいみたいです。🤒やれやれ、だんだん治ってきたぞ…そう思った3日目に、異常な喉の痛みが炸裂…! *現行コロナのよくあるパターンだそうです剣山で刺されたところに、焼きごてくらうみたい。息するのも痛い。夜中、痛みに呻く自分の声で目が覚める始末です。これね…きっと絶対、地獄の拷問にあるやつ地獄に落ちると、この責苦にあうんだ…やべぇな、地獄…!って、ぐえぐえ言いながらマジで思いました。🤒「地獄という信念は、自我と自己同一化している者にとって避けられない」(ACIMテキスト15章Ⅰ)ははは!いやまさに、その通りです…!でも、「地獄」は信念。そして、逃れられる方法だってある。「怖い拷問の地獄は存在する」という間違った心を、正しく向け直す方法がある…ってことですね。ACIMはちゃんと、そのやり方を教えてくれています。 幸福と平安を教えてくれる助けになるものとして、聖霊の時間の使い方を実践し始めなさい。 いま、「この瞬間」のことを、存在する唯一の時間だと考えなさい。 Begin to practice the Holy Spirit’s use of time as a teaching aid to happiness and peace. Take this very instant, now, and think of it as all there is of time. ACIMテキスト15章I9:4-5 日本語訳は筆者いまここ。その「現在」は、あくまでも「いま、この瞬間」。そこに「過去」や「未来」を、無理やり持ちこもうとしない。それが「聖霊の時間の使い方」のようです。これを練習することが、大切らしい。そうか。なるほど。もし私がきちんとこの「時間の使い方」をしていれば…喉の激しい痛みを、「地獄に落ちたらこんな責苦が待っている」とは考えなかったでしょう。我ながら、なかなかクリエイティブな発想ではありますが あほらしいとも言うそのかわり、たぶんこう考えていたような気がします。喉、いだい…なにそれ。コドモか。単純すぎだろ。でもこれが、あのときの私にとってのプレーンな事実。未来に落ちるかもしれない地獄のことを、わざわざ「いま」考える必要はありません。「いま」起きている、単純な出来事で充分。とにかく痛い。以上。🤒 忘れないようにしなさい。 兄弟を攻撃する誘惑に駆られるとき、その人が解放される瞬間にあなたも解放される。 奇跡はあなたが差し出し、そしてまた受け取る解放の瞬間だ。 Remember, then, when you are tempted to attack a brother, that his instant of release is yours. Miracles are the instants of release you offer, and will receive. 同上12:3-4 日本語訳は筆者さっきの引用文の少しあと、ACIMはこのように語ります。聖霊の時間の使い方と、赦しを関連づけているのです。ここで言われる「奇跡を与えて受け取る瞬間」が、まさに「現在」。赦しは、聖霊の時間の使い方によるこの「現在」にしか起こりません。それが「解放の瞬間」であり、救済です。その「とき」にこそ、私たちは"地獄から逃れられる"のです。過去や未来を、現在に無理やり移植しない。「いまこの瞬間だけが、存在する唯一の時間」この「時間の使い方」は、いざやろうとすると難しいものです。すぐに「これは地獄の拷問に違いない…」なんていう想像が、たくましく広がってしまいます。"地獄の拷問"なんて、未来のこと。「いま」あるのはーーいえ、あるように見えるのは、単なる体の痛みだけ。💭それを、「聖霊の時間の使い方」で眺めるのかぁ…そんなことを考えていると、外で、近所の子が保育園からご機嫌で帰ってきた声がしています。その時私は、ふとこう思いました。ああ…コロナ、この子じゃなくて私でよかったよ。〈今回のまとめ〉「現在だけが本来の時間」という時間の使い道を練習すべし過去や未来と現在を混ぜない「奇跡を与えて受け取る瞬間」は「聖霊の時間の使い方」でしか起こらない赦しは「いま」の選択みなさんもどうぞお体には気をつけてくださいね