「おまえはだれだ おまえのなまえは おまえはどこだ おまえのいきかたは おまえはほんとうにおまえか おまえはだれだ おまえはだれだ…」
書家・柿沼康二の作品「おまえはだれだ」の冒頭である。大きな半紙に書かれた言葉は苦悩に歪み、この作品を目にした時、言葉をなくした。心を飾っていた言葉がポロポロと落ちてゆくような感覚。芸術作品を前に、自分を偽ることはできないと思ったのは初めての経験だった。
柿沼康二27歳。彼が渡ったニューヨークでこの作品は生まれた。個展を開くための渡米で、右も左もわからない中、彼は人に騙され、お金に困り、対人恐怖症で部屋にこもり、泣きながらこの書を書いたそうだ。自分が選んで来たはずなのに、毎日お酒を飲んで過ごす日々。一体自分は何のためにここにいるのか?
誰もが一度は考え、求める自分の存在意義。そして、その答えを安易に得ようとする多くの人たち。何も行動を起こしていないのに、頭の中でこれは嫌だあれは駄目だこれも自分らしくないの食わず嫌いばかり。ローリスクローリターン。
対象は何でいい、本気で物事に取り組んだ結果として現れる壁。それが本物だ。想像から生まれる壁は妄想癖ならぬ妄想壁に過ぎない。リアルな壁にぶつかり、悩み、苦しみ、もがき、再び挑戦する。そして、その壁を乗り越えた者だけに、追い求めていた答えが得られる。だから、本気で生きたい。簡単ではないけれど、今度「おまえはだれだ」を前にした時、「僕は僕だ!」と言いたいから。本気で生きる。