8月21日、我慢できなくなり勇気を出して病院に行った。
足を踏み入れたのは精神科。
実は、初めてではなかった。
3月にも一度別の病院に行ったことがあった。
どの病院がいいのかわからず、ネットで必死に検索した。
そうして緊張しながらも訪れた病院は、
5分程度の診断で終わった。
「ただ疲れているだけでしょう」と診断された。
どうしようもなく気分が沈む時もあれば、「鬱何それおいしいの?」ぐらい元気な時もあった。
初めての「精神科」で何をどこからどこまで話せばいいのかわからなかったのもあるが、
先程述べたように気分にむらがあるので、自分も「そうか」と納得してしまった。
でもこの半年で、さすがに自分でも「異常」だと感じ始めた。
2年になり、所属団体も少し大きくなり、さまざまなプロジェクトがくるようになった。
私は、舞い込んでくる新しいプロジェクトに心を躍らせ、
次々と仕事をこなし、親に内緒で学校をさぼり、終電ぎりぎりまでMTGに参加した。
時には1日に3つのMTGをこなすこともあった。
多少後ろ髪をひかれながらも学校の勉強よりも学外活動中心の生活になっていた。
それが週一から毎日になり、1時半に帰宅した後も朝4時や5時まで仕事をしていた。
2徹する時もしばしばあった。
それでも、仕事が楽しくて仕方がなかったからつらくなかったし、
今なら何でもできるような気がしていた。
しかし、時々がくんと落ちるのである。
周期は自分では覚えていないためよくわからない。
何もする気がなくなって前の生活が嘘のように何も手がつかなくなる。気分が沈む。
異常に寝てしまう。
そして忙しい毎日のせいで部屋は泥棒が入ったかのように汚くなり、
ご飯を作る気力がないため外食の毎日。
いらいらしてお金遣いも荒くなった。
元気な時もつい気分がよくてお金を使ってしまうし、
つきあいで飲み会やイベントに積極的に顔を出し、すぐに野口は飛んで行った。
家計が苦しい中、東京の私立の大学に一人暮らしをしながら通わせてもらっている。
それなのにお金を使ってしまう自分。
そんな自分が嫌だったが、どうにかする術がわからなかった。
ただ気づかないふりをしていた。
少しずつ自分の異変に気付き始めた頃、所属団体の後継者問題がやってきた。
自分は2つ団体に所属しており、問題になった所属団体は掛け持ちで始めたものだった。
確かに、最初は気軽な気持ちで始めたのだが、だんだん馴染んでしまい、メンバーもとても好きになってしまった。
しかし、大学入学時から所属しているもう1つの団体には、もっと深い思い入れがあった。
活動は苦手だが、自分に新しい世界を教えてくれた大事な先輩がいる場所で、
自分が教えてもらった分後輩に還元すると誓った団体だった。
それなのに、自分は、事業部の長にならなければならない状況になってしまった。
もともと少数精鋭でやっていた団体で、同期が少なかった。
その同期も留学でいなくなるため、自分がやらなければ、入ったばかりの1年生にやらせなくてはならなかった。
先輩やメンバーの暗黙のプレッシャーが痛かった。
そのポストに、興味がないわけではなかった。
学生のうちにいつかは何かのリーダーをやってみたいと思っていたのも確かではあった。
しかし、その事業部の長の重さは他の事業部より重く、必然的に常に事業部を考えなくてはならない。
もし自分がそうなると、もう1つの団体の大事な先輩を裏切るようでつらかった。
そこで気づいた。
勿論大事な先輩がいる団体の活動にも毎回参加しているし、
運営を手伝っているが、いつからかもう1つの団体に染まっていなかったか。
目の前の欲におぼれて走り抜けていただけではないか。
大事な先輩の気持ちを裏切ってばかりいたのではないか。と。
何が正しくて何が正しくなかったのか。
そもそも正しいとは何か。
自分は何がしたかったのか。そして何をしたいのか。
全くわからなくなってしまった。
どちらも大好きだということだけは多分疑いのない事実だと思った。
考えすぎかもしれない、ただ、私にとってこの問題は大きかった。
結局、自分は事業部長になった。
しかし、優秀な前事業部長の存在は大きく、団体自体も壁にぶつかっているところでプレッシャーは大きい。
長としての仕事はなんとかこなすものの、自分が何がしたいのかわからなくなった。
何かがぷつんと切れた。
真っ暗な闇に放り出されたようになった。
今までのように自分一人で乗り越えれる状態ではなかった。
(中学や高校の頃から実は鬱のような経験はあったが、一人で乗り越きってきた)
心配させたくないから他の人にはいつも言えない。
親にはもっと言えない。
そうして覚悟を決めて病院に行ったのである。
正直、なんとなく病名はわかっていた。
ただ、今まで大きな病気をしたことがなく(精神は時に病んでいたとしても)、
「病気」・・・しかも精神疾患であることを告げられることは、怖かった。
でも、怖いと同時に何かにすがりたかったのかもしれない。
とにかく誰かに話を聞いてほしかった。
そうして待つこと数十分。
診察室に行く前に女性の看護師?さんに症状を話した。
最初に出た声は思ったよりも低く、小さく、自分でも驚いた。
一方的にこちらが話すだけであったが、話を聞いてくれて嬉しかった。
少し心が楽になった。
そうして診察室に呼ばれた。
あまり顔は見れなかったが、とても優しげな先生で、
3月に訪れた先生とは全く違うことがすぐにわかった。
自分の症状を言ったら「うんうん」とうなずいてくれた。
たったそれだけで、なんとも言えない気持ちになって、気づいたら涙が出ていた。
一人暮らしを始めてから、去年の大会で負けた時に悔し泣きした以外泣いたことはなかった。
どんなに辛くても、なぜか泣けなかった。
それなのに先生の前では、子供のようにわんわん泣いてしまった。
そして落ち着いた頃、病名を言われた。
私はまた泣けてきた。
なんだか、心が軽くなったから。
自分で言うのもあれですが、
まじめな性格なもので、何かあればまず自分に落ち度がなかったか考えていた。
でも、これは「病気」だったんだと、思えたら少し心が軽くなったのです。
お薬も出してもらいほっとした。
家に帰ると、時間差でショックでは訪れた。
2、3日はベッドで寝てはぼーっとするを繰り返した。
でも、だんだん、受け入れる準備ができてきた。
だから、少しずつ、前に進んでいこうと思います。
そのためにこのブログを始めようと思いました。
なんか最近記憶力の低下が激しく、何日か前に何をやっていたか書いてないと思いだせないんですよね。苦笑
それに文字に書くとなんだか落ち着くし。
とまあこんな経緯があって今の自分になるのですが、
少しずつ、自分のペースで頑張っていこうと思います。
これから宜しくお願いしますm(_ _)m