- 田口 ランディ, 寺門 琢己
- からだのひみつ
遥か昔、インドのとある小さな国に、ゴータマ・シッダールタという王子
が生まれました。
子どもの頃から、何不自由ない生活を送り、やさしい気質の立派な
青年に育ちました。
狩が好きで、しょっちゅう城から馬に乗って出かけてゆきます。
そこで彼は、城の外で起こっている自分の国の惨憺たる様子に強い
ショックを受けてしまいます。
見たことのない貧しい人たちの、貧困のための争い、殺し合い、
死に逝く暮らしに。
ある日王子は、妻子を城に残して出家する決意をします。
当時のインドではバラモン教という宗教が主流でした。
バラモン教の特徴は肉体苦行です。
断食を繰り返し、焼き石の上を歩いたりして、カラダを痛めつけることで
解脱しようという考え方です。
しかし彼は、長い修行の末に、「この修行は何か極端で違う気がする」
と思い至り、飢えでやせ細り、行き倒れ寸前のからだで、自分自身の
心と向き合うべく砂漠の中で座禅をはじめたのです。
たくさんの悪夢と現実の境目を行き来しながら、彼はふっとやせ細った
自分のからだを見つめました。
そしてとても単純なことに気づきました。
これも極端!
「よし、まず自分のからだを立て直そう。」
ふたたびあるきはじめたのはいいものの、憔悴しきった彼の体はふらふら
です。
そこに、乳搾りをするうら若き女性の楽しそうな歌声と、絞りたてのミルク
の香りがあったのです。
さてその後二人はどうなったのでしょう。
仏教の説話ではこの大事なところを
「牛の乳で作った粥を食べた」
と語るのみです。
そこから話が飛躍して彼が「お釈迦様」となって悟りを開いてゆきます。
この男女の出会いの瞬間が、彼の苦行から悟りへのターニングポイント
になったのではないか。
・・・というわけで、著者の寺門琢己さんは、これだけの急激な変化は
苦行中禁欲でカチンカチンになっていたブッダの骨盤が、乳搾りの
乙女を抱いたことで急速解凍した、と見ています。
「牛の乳で作った粥を食べた」
とは、そのエピソードを宗教的に、文学的に美しく表現しただけで、
その背景には、人間ブッダの骨盤が、久しぶりのセックスで
緩んだという身体的事実があった、と。
琴の音は、弦を締めすぎても、緩めすぎても響かないーーー釈迦
この一節が面白かったので、つい、夫に話してしまったら、彼は
「その乙女の名は、スジャータ、って言うんだよね。」
と言って、わたしを驚かせてくれました。
近頃、ネイティブの先生の授業で、出席を取られる際に、毎回、小話を
しなくてはならず、ネタに困っていたのでこれをなんとか英文に
して説明してみたいと思います。
今、爽快ドラッグで、ポイント10倍セールをやっているので、また
ハッカ油を買おうと思っています。
この小さな瓶がひとびんあるだけで、特に夏場は重宝します。
暑い日のお風呂に一滴たらすと、お風呂が涼しくなるし、
部屋の各所に置いてある、小さなお皿に重曹を盛って
いるのですが、そこにも一たらし。
お部屋がすっとしたいい香りになります。
香りが無くなったら、その重曹を排水口に捨て、熱くした酢を
流しいれます。
排水口がさっぱりと綺麗に掃除されます。