戦後70年を迎える今年、今日は広島で原爆死滅者の式典がある。
大学の卒論で原爆問題を取り上げ、被爆者の生き様について調査した私にとって、8月6日は特別な日であり、一度立ち止まりあの時代で生きた人の姿に思いを馳せるようにしている。

幸運なことにも卒論の研究中には、、はだしのゲンの作者の中島さんはじめ、原爆病院で入院中の数多くの方にインタビューする機会をいただき、当時の体験を聞かせていただいた。

被爆者とひとくくりにいっても、一人一人の体験やその後の生き様は唯一無二であり、それぞれ想像を絶する悲しみと、苦しみ、不安と戦いながらも生きてきた、そんな底知れぬ逞しさと、強さを感じた。

一瞬にして失った家族、友人、親戚、近所のおじさん、ペット、そして住み慣れた家。
人間といえない形で死んでいったひとたち。

あまりにも残酷な死をもたらした原爆。。
でもアメリカが今も原爆を正当化できるのは、結局は戦勝国だからだと思う。

日本が自国の自衛のためにたたかった戦争だったと、後になってマッカーサーが気づいたけれども、日本は敗戦したから結局侵略戦争といわれるしかない。
当時死んでいった純粋な若者たちの多くが、ただただ祖国を思い、大切な家族を守るため死んだ戦いを、自国民が「あれは間違っていた」と簡単に捉えていいのかと思う、、、

今日は、この戦争で亡くなった被爆者をふくめた多くの犠牲者に対し、二度と日本は戦争という道を選ぶことはないと、手を合わせて、未来の平和を約束する日だと思う。

日本のために死んでいった多くの人々のその心は、今の日本が平和なものになることを願ってやまなかったと思うから。

多国に対し、過去の対戦を正当化する必要はない。
ただ、このような戦争がおこらないように、歴史から今一つ学ぶ必要があると思う。


今年の式典には、、アメリカ政府がケネディ駐日大使に加えて、核軍縮を担当する国務次官も広島と長崎を訪れて「原爆の日」の式典に参列するようです。

武力ではなく、平和外交に努めること。
この姿勢を今後も貫いてほしいと、切に願います。