パンが焼き上がるとうさぎさんがやってくるのだ breadconfiblogのブログ -90ページ目

パンが焼き上がるとうさぎさんがやってくるのだ breadconfiblogのブログ

パンを作る、ただそれだけだけれども、やりたいことやらなければならないことは沢山あります。それをひとつひとつ叶えていこうと思います。本や映画もそのひとつ。うさぎさんを可愛がることは、ボートを漕ぎ出すように僕を押しすすめてくれることなのです。

みーさんは私と暮らしたウサギさんだ。

 

動物たちの日々を共にすると、人間とはいかに

邪悪な生き物であるかを実感することになる。

 

先日も私がアップロードしたみーさんとの最後の思い出動画に

「こいつは死んだのか」とコメントしてきたクソタレがいた。

 

これでYouTubeは一切やる気がしなくなった。

 

人間は一事が万事この有様で、ふざけるなと言いたい。

 

こういう輩に向け、私は次の提案を行いたい。

 

すべての人間に対し、試薬検査を行い、精神がまともか

どうかをはかるのである。

 

×判定がでれば問答無用で北送りとする。

一人あたり10万を付けるので後はキムさん好きにしてください

という刑である。

名付けて、時勢に乗り「西村の刑」としたい。

ただし、どういいわけしてもこの判決は翻ることがないのである。

 

社会における善悪や規範を問うたりする以前に、

癌で闘病中のブログに死ねだの、亡くなった人の記事に死んで良かったね

など、一体どういう了見でコメントをしているのか。

 

私はブログを始めてからずっと名前と住処を明らかにして記事を書き

コメントしてきた。だから、この身元がすぐには特定されないことに

乗じた人間性のかけらも見受けられないコメントをつける了見が

まるで理解出来ない。

 

そうそうに「西村の刑」の実現を希望している。

 

動物たちと暮らすことの素晴らしさは

このような不適切な人間と接触することなく

純粋な喜怒哀楽と時の流れを共有出来ることだ。

 

体は見えなくなってしまっても、共に過ごした時間が消えることは無い。

彼らや彼女は我々の体を自由に通り抜け、遊んでいるのを

感じる時がある。

 

肩に乗っかり、バイクにまたがり

どんなお守りよりも心強く、人を守ってくれる存在となったのだ。

 

今でも生きていた頃と同じように、毎日新しい遊び方を見せてくれ

異なる角度からの視点を授け、仰天の思考をもたらしてくれるのである。