ピーチーのいない5日目です。
昨日のブログから、コメントにご返事を書き始めました。
これからのブログにも、ご返事を返していきます。まあリハビリですね。
それ以前のコメントは、もうしばらくそのままにさせてください。
さて、保護犬の活動の事では、コメントやメッセージで、ありがたいご助言をいただきました。
ありがとうございます。
言葉足らずでしたが、今は友人の奥様の活動をお手伝いするということの他は、まだ何も決まっていません。仕事もありますから、活動家としてそこに全力を注ぐことはできません。
自分に出来ることを、出来る範囲でお手伝いし、まずは保護活動の実態をつかむところから始めたいと思っています。
ペットの周辺には、保護を隠れ蓑にした良からぬ人達も沢山いるのだそうで、そちらの実態も知らなければいけないと思っています。
米国には、ノーキルを標榜し、多額の寄付金を集める愛護団体がいくつもあります。
とりわけPETAという団体は世界最大であり、しかも有名です。
随分と立派な活動をしているんだなと思いがちですが、実態は真逆です。
ノーキルなのは保護された1日だけで、翌日にはほとんどの保護動物は殺処分されるのだそうです。その方法も、安楽死でなく、銃で撃ち殺す団体もあるようです。
あるサイトの記事は、2011年のPETAへの立ち入り調査で、保護動物の95%が殺処分されており、その内の84%は24時間以内に実行されていたという実態を伝えています。
こんなに迅速に処分されたら、善意の第三者が引き取りを希望する時間もありません。
さすがに日本ではそのような事はないでしょうが、真実は分かりません。
まずはそれを知らなければならないと思っています。
僕は保護活動の最大のネックは、その活動費のほとんどを寄付に頼っているからだと考えています。その寄付金が潤沢ならば、色々な問題点も力技で解消できるでしょう。
しかし実際はそうではありません。PETAのような事でもしない限り、寄付金だけでは保護活動はすぐに行き詰ると思います。
保護活動をする人たちが、自腹を切って、赤貧状態にある姿は耐え難い思いです。
善意で集まったはずの団体が、僅かばかりの寄付金の使途で揉めて、内紛状態になるケースも多いと聞いています。
善行を行い、それをずっと続けていくにはスタミナが必要です。
理想だけで走り続けることなんて出来ません。
この問題は、新しい仕組みを作らなければ、解決しないように思います。
そして、活動家も、支援者も、考え方を少し変えないといけないんじゃないかと思います。
例えば、赤十字やユニセフという団体があります。
世界中から多額の寄付金を集めますが、そのお金がどう使われるかというと、まずは幹部や職員の高額な給与に先取りされ、次に広報費に先取りされ、残ったお金が支援に回されます。
それを善と言いますか? 悪と言いますか?
少なくとも、悪と言ったとたんに、世界の貧民国は支援から遠ざかる事は明らかです。
欧米人は極端ですから、赤十字やユニセフのような事になってしまいますが、皆に変わって善行を行ってくれる活動家は、もっと尊敬されてしかるべきで、交通費とか通信費なんかの細かな出費を気にするような、情けない思いはさせちゃいけないなって思います。
人よりもちょっと良い車に乗って、人よりもちょっと良い服を着て、美味しいものを食べて、エステで荒れた肌をケアして、ジムで汗を流して、さっぱりした顔で、「さあ、明日も頑張るぞ」って言う活動家を、皆が尊敬して、素直に応援できるようになったら、保護犬の問題何て一気に解決しそうに思います。
実は僕がやろうとしていることは、保護犬の活動ではありますが、それと同時に、保護活動をしている活動家のサポートなんです。
概念的には出来そうな気がするんですけどね。
現実はまた別ですからね。
どこまで出来るかな?
まだ、全然分かりません。
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ずいぶんと気持ちは落ち着きました
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