今学期に入ってずっと教えてと言い続けてきたブレイクダンス。

昨日やっと教えてもらいました。

チェア
シックスステップ
フリーズ

という技を教えてもらったのですが難しい。
自分の重心をどこに持っていけばいいのかがつかめない。

かっこよくみせる。

友人がふと言った言葉でしたが、何か自分にとっては懐かしい感覚。

そういえば少年野球のコーチも素振りをしているときに同じことを言っていた。

何でもかっこよくやらなあかん。
かっこよくやればうまくいくんや。

なるほど。
やっと意味がわかった気がする。
要は自分の中にかっこいい自分の目的の姿を思い描いて、それ通りに体を動かせればうまくいくんだろう。
イメージと現実のギャップを埋める作業。
これは仕事、勉強、生活全般に応用できそうだ。

最近本当に飲み歩いております。

毎日晩は外出。
最悪二日酔い。
次の日は昼まで寝る。

こんな生活じゃだめでしょ。
と思い今日一日はしっかり勉強に費やしました。

一日勉強してみてわかったこと。
一日で身につけれることってめちゃくちゃ少ないんだなと。

ローマは一日にして成らずとはうまく言ったもんですね。

明日も一生懸命生きてみましょうか。
就活を終えてひと段落しましたが、内定者の方々と飲みに行ったりと、まだ就活の余韻を残した生活をしています。

就活をする中でいろんな学生に出会う機会があったわけです。

自分のやりたいことがわからない・・・
などと思い悩んでいる学生も多々いました。

一方で、自分のやりたいことは明確に決まっている。
そうやってはっきりと言える人は非常に生き生きとして、一種のオーラみたいなものが付きまとっています。

採用する側からしても、やはりこういう学生に惹かれるんだろうなとか思ったりもします。

しかし、こういう人たちが本当に会社に入って仕事ができるのでしょうか。

やりたいこと、あるいは夢がある=できるやつ・・・

こんな風に見ている人たちが多いような気がします。

私の個人的な考えを言うと、それは少し違うのかなと。
もちろん、やりたいこと、夢をもつこと自体が悪いことではありません。

しかし、上記の式みたいなものが自然に成り立ってしまっているのは少し違和感を感じます。
夢見がちな人たちに良くあるのが、そこに至るプロセスの中での苦しさや辛さ、夢と現実のギャップを把握しきれていないことが多い気がします。

そんな人たちがひとたび社会にでると、待ち受ける雑務の日々に自分がやりたいことはこんなことじゃない・・・
などと言って仕事を放棄してしまいそうな気がするんです。

採用する側もされる側も、このことをしっかりと頭に入れといた方がwin-winの関係を築けるのではないか、というのが私の意見です。
ここ一年くらい哲学というものに興味をもちながら小難しい本を買うたんびに挫折するということを繰り返していました。

少し発想を変えて入門と名のつく本を買ってみました。(これが普通の流れかもしれませんが・・・)


これがけっこうわかりやすい。

序文に書いてある言葉は少し感動しました。

「哲学を学ぶことはできない。哲学することを学べるだけだ」 ‐カント‐

この言葉を聞いて少し気持ちが楽になりました。
というのも難しいことを学ぼうと躍起になってる部分があったからです。

もともと体系化されている知識を吸収するのも大事ですが、それをいかに使えるか。
そう、自分で吸収した知識をベースに新たに考えを深めていく。
自分で考えを深めていく・・・確かに学ぶことはできないですね。

要は哲学の本質は自分で考えることにあるようです。

これからビジネスの世界に飛び込んでいくにあたって、ひいては人生をさまよい歩いていくにあたって、様々な角度から物事を見れるように今から頭の体操でもしていこうかなと思います。