英語学習雑感ブログ

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英語学習に関する疑問点,提案,アドバイス,面白い逸話などを書き込んでいるブログです。

高校1年生レベルの理解力

 

 

Eテレの番組で「英会話フィーリングリッシュ」データで選んだ推しフレーズL43を、見ました。

あまり内容を期待しないで見たのですが、案の定、従来の旧態依然とした古くさい発想で作られている番組のようです。

やたらカタカナ語を使って、新しさを強調していますが、内容は、お偉い先生(東京外 国語大学;the National Language University outside Tokyo、おっともとい、Tokyo Foreign languages University、といってもこれも正式名称じゃないらしいです)が、とりあえず役に立つからこのフレーズを覚えておきなさい、といって、小出しにする番組です。

これが、英語をきちんと理解しようとしている学習者にとっては、訳の分からない内容を増やすだけであるということを、番組作成者は、きちんと理解しているのかと疑問に思ってしまいます。

 

 

今日の推しフレーズとして、

 

can be

 

が紹介されているのですが、これには大きく分けて3つの問題点があります。

 

(1)

イギリス英語とアメリカ英語ではcanの発音が大きく異なっているのですが、パリ・オリンピックでは当然のことながらイギリス英語が主流です。ところが、この番組では、アメリカ英語がインターナショナルな英語のような感覚で捉えられているため、このような、最近耳にする可能性の低い発音を教わって、実際に役立ったと思えない場面に遭遇するように学習者を誤解に導くというのは、感心できる方法ではありません。

 

(2)

さらには、「・・・できる」という意味のcanと、「・・・の可能性のある」という意味のcanでは、前者が「クン」の音に近い発音で、後者が「キャン」(イギリス英語では「カン」)の音に近い発音なのですが、このことに関する解説がないために、canは「キャン」と常に発音されるというように学習者を誤解に導くようになっています。

 

(3)

can beやcan’t beは、日本人ではまず使わないであろうと思われる発想法で使われているために、日本人の学習者で、次から使ってみようなどと思う気持ちが起こらないので、使えない「推しフレーズ」なのです。

 

 

それでは、それぞれの項目に関して詳しく見ていくことにします。

 

 

(1)

まず、can beもcan’t beも、不可欠な表現ではなく、使わなくとも、日常会話では全然困らないものです。

That can be hard.というのが紹介されていましたが、It is possible for that to be hard.と表現できたり、That is possibly (probably) hardというように表現できたりします。

That can’t be our order.がcan’t beの代表的な例として紹介されていましたが、このような表現を日本人がしたがるかどうかが疑問です。しかも、この表現は、我々が注文したものをセットで見るのか、我々それぞれが注文したものを、それぞれ見るのかで、These can’t be our orders.と日本人に取っては悩みの種になる数の問題が起こります。とりあえず、自分のパートナーの注文分はさておいて、自分の分だけおかしいというのであれば、That can’t be our order.は全く使えません。むしろ日本人は、全体を見てから細部の記述に入るという述べ方をしないので、This small? I(must)’ve got the wrong order.と述べる方が自然でしょう(「こんなに小さいの?注文間違えたかも」)。最初に、自分たちの注文が間違っていると述べる述べ方は、日本人の細部の記述説明の癖を分かっていれば、このようなフレーズは使われる可能性ではないのです。

さらに、自分のグループにイギリス英語しか話さない人たちだけしかいないと分かって、「キャン」や「キャーント」とアメリカ英語風に話せば、当然、仲間と距離が生まれてしまいます。

このように、不可欠な表現ではないのですから、これをパリ・オリンピックの間近の時期に紹介するのは、全く無神経というしかありません。

おそらく、アメリカ英語を習得しようとするスペイン語・ポルトガル語系のラテンアメリカの人々を対象にした本からパクってきた内容なので、このような日本人に合わない表現になっているのだと思われます。

 

(2)

「・・・できる」という意味のcanと「・・・の可能性がある」のcanでは、発音が違うということが、番組では全く紹介されず、補足説明もないので、どのような場合もcanは「キャン」と発音できると思い込む日本人の学習者が多いでしょう。

しかし、I can play the piano.はI play the piano.といっても、実質的に大きく意味が異ならないのです、後者のように「私は習慣的にピアノを演奏します」が述べられるならば、私は「猫踏んじゃった」だけですが演奏できます、などということにならないのです。つまりI play the piano.のplayの直前にcanがあるかどうかが大きく意味を左右しないので、このような場合には、「クン」のように軽く発音されるのです。しかし、今回の番組を見た学習者には「アイ・キャン・プレイ・ザ・ピアノ」のように、canを「キャン」とはっきり発音するのが正しい発音であると伝わってしまうのです。毎回、このようなcanをはっきり発音する日本人を見ると、日本人は発音が下手くそであると、勘違いして伝わり、ひいては、「正しい発音を日本人に教えることには意味がある」というとんでもないメッセージが生まれてくるもとにもなります。

ちなみに、Can you play the piano?と聴かれたとき、I can.を「アイ・クン」としてしまうと、肝心の本体がない場合であるので、何が?となってしまうので、この場合は、「アイ・キャン」とcanをはっきりと発音します。

このようなことをきちんと教えずに、canはどのような場合にも「キャン」と発音するかのように教えてしまうと、勘違いの日本人の語学学習者が増えてしまうことになります。

 

 

(3)

もう(1)のところで既に述べたことですが、これらのフレーズを使うのは不可欠とは言えないものばかりであり、しかも、日本人の発想に反するものも含まれていることを考えると、「推しフレーズ」として紹介してしまうのは、多いに疑問に感じてしまいます。

 

 

 

もう少し、実際に作った番組をモニターになる人に見てもらって、その反応を見た上で、QRコードなどを詳しくは参照してくれ、ということを示してきちんと、学習者が無意味な混乱を抱かない工夫をすべきであると思います。