けれどやっぱり〝優しい〝という概念や認識をキチンと持っていないと 相手の優しさがウットーしくなったり当たり前になってからの物足りないものに感じられ無いものねだりなる←お前はそんなに特別か!?ってツッコミ発動のタイミング!?笑
お互い利害が一致している時は何の問題も起こらないけれどやっぱり人間は環境が変われば気持ちも変わるし 例え環境が変わらなくても同じことの繰り返しからの安心にあぐらをかいて退屈感にやられて刺激を求めるようになるのがフツーの人間だよね!?
その刺激を求める対象や認識が巷にあるルールや美意識に叶わない!!ってことも起こってくるし刺激を求めること自体は悪でもなければクレイジーなことでもない
突き詰めた話が土壇場で泣きわめかない言動を優しさというものの認識をキッカケにしていれば自分にマッチングした優しさの人に出逢えるし その優しさに退屈や不満を抱くことは基本無くなるんじゃない!?
自らの無自覚&無認識からの虚像化願望欲求を満たすことで自己喪失感を回避し自己無価値感を回避しても そこからの優しさの認識はその優しさに自由を奪われるものなる←自由から逃走したのは他ならぬ自分自身だよん( ;∀;)
自分がしたくてしたことだから感謝される覚えはないですよm(__)m
生きるためじゃなく生きることそのものに優しい人はこのフレーズを言える人なんじゃないかな!?
ず~っとそう思って今も生きてますm(__)mニカ笑
