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パンパンパンダのブログ

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早く自分の部屋に戻り、蒸し暑さから開放されたいと強く思いながらも、家までの道のりをあからさまに遠回りしているのには当然理由がある。

それは到底理解してもらえるような理由ではなくて、僕自身ですら数年掛けてほぼ諦めに近い感覚でやっと理解したことなのだが、ひとまず聞いてほしい。

バタフライエフェクトという言葉を知っているだろうか。
風が吹けば桶屋が儲かる、のように思いもしないところに影響を与える意味があるのだが、バタフライエフェクトの場合はそこに「多大な」という言葉が足される。
それはまるで雪だるま式のようで、それはまるで連鎖反応のようで、それは神のいたずらとも言える。

それが僕のこの遠回りとどんな関係があるのかといえば、そのままの意味なのだ。
簡潔に言ってしまえば、『自分の行動が周りに連鎖反応を引き起こす』のである。
そんなのは当たり前のことなのではないか、と思う人もいるだろう。
けれど恐らくはその比ではない。
何がと問われれば『規模』がである。

初めてそれを意識せざるを得ない事態が起きたのは4年前の夏だった。
太陽が容赦なく照りつける街中を歩いていた僕は、途中ふっと意識が揺らぎ近くを歩いていた人に肩をぶつけた。ぶつかった相手はこちらを一瞥した。その瞬間、その人に手を繋がれていた子供が走り出し、その人は慌てて、子供に止まるよう声を上げるも、その子は足を止めずに赤信号の横断歩道を、ということがあった。
自分が肩をぶつけなければ、あの親が子供から意識を逸らすことはなかった。駆け出す子供を止められただろうし、そもそも駆け出すこともなかったかもしれない。

       僕があの子を事故に遭わせてしまった。

子供の安否は言うまでもなく気になったが、それを知ってしまうことが怖くなり、その報せから逃げるように、数日の間、テレビやネットニュースなどには触れないようにしていた。

それを『考え過ぎだ』と言われることは分かっていた。けれど、考えないわけにはいかなかった。

それからというもの、昼間であろうが夜であろうが、僕をきっかけにした自己が度重なって起こるようになった。
事情聴取を受けたこともある。
初めは本当に事情を聞くためだけのものであったように思うが、回を重ねるごとに相手の態度はあからさまに変化していった。

僕以外には知りようもないことがきっかけになった事故は少なくない。

僕が雨に濡れたから。
僕が虫を手で払ったから。
僕が歩道を歩いていたから。
僕が黒い服を着ていたから。
僕が咳をしたから。
僕が空を見上げたから。

それらの出来事が『僕は生きていてはいけないのではないか』と僕に思わせるまでに、さほど時間はかからなかった。