そりゃ、心から笑えることなんてそんなにたくさんないよ。ましてや人間相手になんて。家族相手だと疲れるくらい笑うこともあるけれど、他人ではこうはいかない。
仲良くなるまでの仮の自分は、それなりに維持することにエネルギーを使うわけで、一日が終わると電池切れになるのだが、仲良くなってからは気楽かと言うとそうでもなく、自分の中に沸き起こる不快感を我慢出来ず、相手はそれに困惑し、必死に振る舞う姿を見て、嫌気が差す。そんな時間が気楽なはずもなく、やはりどっと疲れた状態で一日を終える。
正しいことが何かなんて正直どうでもいい。
君が正解だと信じているなら、それは君の世界では正解であり続けるのだから。
けれど、たまに意地悪したくなることがある。
そんな正解を壊したくなる。
新しい正解を渡して、信じ込ませて、また不正解を突き付けたくなる。
だってそうでもしないと理解なんてしてくれないじゃないか。
万人にとっての正解などないのにそれを探し続ける自分の気持ちを理解してくれないじゃないか。
諦めて、諦めて、諦め続けて、そうやって精神的な安泰を手に入れて尚、辛いと呟き続ける人達が何も諦められない人の気持ちなんて分かるわけがないじゃないか。
だから、否定してしまうんだ。
仲良くなればなるほど、君の根幹となっているものを壊したくなる。
ねえ、それを壊したら君は生きていられなくなるの?
ねえ、生きてきた意味を見失ったら君は何を指標とするの?
死にたくなったとき、命綱を離されたら君はどうなるの?
知りたいよ。
君の苦悶に歪む顔を見て、僕も一緒に辛くなってあげるからさ。
教えてよ。君の羨む「俺から見える景色」を君が見たらどうなるのかを。
それを乗り越えてくれたなら、僕はきっと君を尊敬出来るのだと思う。
乗り越えられなければ、僕は安心することが出来るのだと思う。
何もわからないでしょう?
分かれば君は笑って生きていくことなど出来ないのだから。