しかし、完璧主義の定義はまるで異なる。
「完璧主義(かんぺきしゅぎ、英: Perfectionism)とは心理学においては、万全を期すために努力し、過度に高い目標基準を設定し、自分に厳しい自己評価を課し、他人からの評価を気にする性格を特徴とする人のこと[1][2]。定められた時間、限られた時間の内にて完璧な状態を目指す考え方や、精神状態のことである。このような思想を持ったものや、そのような心理状態の者を完全主義者、もしくは完璧主義者(英: perfectionist)と呼ぶ。」(Wikipediaより引用)
私は幼い頃から、具体的には保育園に通っている時から大学卒業まで苛められていた。
多くの人間が自分の生まれた意味を考えるであろう中学生の時、私は自身の意味を「誰かのストレスの捌け口になることで、本来起こるはずであった争いを減らす」というものであった。しかし、当然のことながら苛められることは苦痛でしかなかった。それでもそんな自分に存在意義を感じたかったのだ。そして、私の目標は「苛められることでではなく、相手の理解者になることで相手のストレスを減らし、争いをなくすこと」へと変化した。そして、犯罪者も悪魔と呼ばれる人の心理も全てを理解しようとした。そうすれば、自分と関わる全ての人をストレスから解放し争いをなくすことが出来る、と。
人は他人を見下すことで自分の価値を見出すことがある。そのことを理解し、自分が見下されることで現在の自分に価値があると思い生きてきた。
早く大人になりたいと望む頃、大人とは「様々なことを諦めた存在」だと考えていた。だからこそ、私は自分の夢を諦めず大人になろうと思った。
子供と大人の中間で揺れる時期、私は心理学を学んでいた。人の心を理解する近道だと考えたからだった。インターネットを使い、悩み相談を引き受けていたこともあった。
しかし、年齢という壁が私の前に立ちはだかった。私がまだ若いというだけで言葉を受け入れてもらえないことが多々あった。発言に重みがなく、表面的にしか受け入れてもらえない。若い人は理想論ばかり語ると言われたこともあった。
年齢の壁はどうしても越えられない。どれだけ言葉を重ねても、そもそも相手に届かない。
それでも相手は責められない。当然だと思うからだ。社会に出てすらいない人間が理解出来るはずもなければ解決策を知るはずもない。それを認める事は、自分が幼稚であり、考えが足らないという認める事になると考える人も多いからだ。私はそうは思わない。悩んでいる当人は誰よりもそのことを大きいことだと捉えているがために、必要以上に問題を大きく捉え冷静に対処出来なくなることは当然だからだ。
他人だからこそ判断が出来ることも多い。しかし、それは言うなれば「他人事」だ。そこを攻められてしまえば相談を受ける側は何も言えない。
相手の相談が「解決を求めている」のか「理解を求めている」のかで聞く側は対応を変えなければならない。それを知るための道具に心理学を用いていた。
他人を受け入れ続けてきた。それは自分を受け入れてもらえることにはならなかった。むしろその機会を減らしてきたと思う。「求めるならばまず与えよ」という精神を持つ人は少なくない。しかし、与える前に与えられてしまったら、この精神は姿を消してしまうのではないだろうか。理解してもらえた安心感によって相手を理解する気持ちは消えてしまう。仕方ない。そう考えることで私は私が傷付かないようにした。
自分を守るための方法は幼い頃から次々と覚えていった。相手を守る方法も覚えていった。相手が自身を守る方法を伝えていった。けれど、相手に自分を守ってもらうことだけは要求出来なかった。
それでも私は自分のすべきことを諦めてはいけない。諦めてしまっては存在価値がなくなってしまう。
就職活動の際、自分の事は後回しにしていた。自分が就職することに関心がなかった。仕事を選ばなければ就職することは難しくないと考えていた。でも、もしかしたら自分の人生から逃げていただけかもしれない。
他人の履歴書を推敲し、ESの内容を考え、面接練習の相手にもなった。大学の就活補助員よりも自分の方が有能だと自覚していた。当たり前だ。友達のことを分かっているのは自分の方なのだから。
結局、最後に残ったのは自分だった。私は自分に自信がなかった。私は他人に胸を張れるようなことは何もしてこなかった。私のしてきたことは全て、私の存在意義を周りに示したいという気持ちから生まれたものだからだ。そんな物を「私はこういう人間です」などと大声で言えるはずもなかった。
その後、一社から内定を貰い、そのままそこへ就職をした。自分以外の新入社員はほとんど高卒だった。自分が頑張らなければならないと思った。
周りが聞けない質問は自分が代わりにした。誰もが様子見しているときは自分が先頭に立った。それがここでの自分の役目なのだと思った。
給料を貰うことに罪悪感があった。自分はまだ仕事も覚えていないのに、数年働いてきた先輩と同じ額を「大卒だから」という理由だけで貰えてしまうことが辛かった。頑張って仕事を早く覚えていくだけでは足らないと思った。今の自分に出来ることを全てやらなければ割に合わない。それでも足りない。
先輩の自慢話も会社への愚痴も聞き、同期や上司から相談もされるようになった。一ヶ月も掛からなかった。私は役に立てることが嬉しかった。
配属先が変わった。そこの人間にはやる気がなかった。与えられた仕事をただこなすだけだった。効率など何も考えず、より良くしようと考える人は誰もいなかった。だから私がやらなければと思った。私が変えていかなければと思った。しかし、私は仕事を覚えることすら出来なかった。質問しても邪険にされ、失敗しても改善方法は教えてもらえず、私はただただ自分が邪魔者であるとしか思えなかった。仕事を早く覚えることなど期待されていない。教える気もない。けどそれも仕方のないことだった。その部に私が配属される期間は一年間だけだと誰もが知っていたのだ。そんな人間に教えたところでどうせすぐいなくなる。無駄になる。そう考える人がいるのは当然だった。仲良くしてくれる人もいなかった。むしろ、将来、役員になることが確定している私を面白くないと思う人間ばかりだった。それは仕方がなかった。誰も悪くない。だから、誰にも相談出来なかった。
そんなある日、上司に言われた。「そのままじゃ前の部署にいた時の二の舞だぞ」と。それは私にとってはとても衝撃的な発言だった。上手くやっていたと思っていた頃の自分は全く評価されていなかったのだと思い知らされた。それはその上司が知らないだけなのだと自分に言い聞かせても無駄だった。何もかもが無駄だったように思えた。
私は就活してからの自分が自分ではないような感覚でいた。こういう人間になりたいという理想に近い人間になれていたのだ。自分もやれば出来る、とは思わなかった。誰か別の人間のように感じていた。
私はそれから放心状態にあったと思う。仕事中の怪我も増えた。その時の火傷は今でも皮膚を茶色く染めたままだ。火傷しなくて済む方法はないかと相談しようとした時、「火傷なんて誰でもするんだから一々報告するな」と一蹴され、それ以来火傷の大小に関わらず報告出来なくなった。
会社で突然吐き気に襲われ嘔吐した。
それから毎日出勤時間になると嘔吐するようになった。それでも会社に向かう。けれど途中で嘔吐してしまう。会社に近付くほど胸が痛くなり、吐き気も強くなる。会社を休むようになった。病院に行くと熱中症と栄養不足だと言われた。そういえばずっと袋麺しか食べていなかった。野菜や肉を食べるようにしたが良くなる気配はなかった。その時にはもう気付いていた。これは精神的なものなのだと。
私は精神科に行きたいと母に相談した。行かなければ自殺してしまうと思ったからだった。そして、うつ病と診断された。けれど私はその時思った。もし今の状態がうつ病であるならば、私は数年以上前からうつ病だったのだろうと。自分がうつ病になるなんて思ってはいなかった。うつ病になった人を相手にどう対応するべきなのかと考えたことはあっても自分がそうなるなんて。
私は私の更なる欠陥に気付くことになった。そんな私に私の夢は叶えられない。争いをなくすだなんて到底無理な話なのだ。それなら私はなぜ生まれてきた。なぜ存在している。存在していてはいけないのではないか。頭の中でぐるぐるとそんなことばかり考えていた。
会社を辞めて暫く経ってから、再就職のために自動車免許を取ることになった。母の提案で、費用も母が出してくれた。免許を取らなければならない。失敗は許されない。
仮免許試験の日、初めて自分以外の講習生の運転を体験した。自分の運転も同乗者から見るとこうなのかと不安を覚えた。試験終了後、結果が発表された。次々と改善点を挙げられていく他の受験者を見て不安になった。自分はどれだけ言われるのだろう、と。私の番になり言われたのは「強いて言うなら、」で始まる一つの改善点だけであった。私以外の誰もが俯いていた。試験官はイライラした口調で質問を投げかけた。「コースを覚えていた人は?」と。挙手したのは私だけ。「そうだよね」と試験官は続けた。他の受験者は更に俯いていた。しかし、試験官は「ま、全員合格だから」と言って話を終わらせた。私を含め全員が唖然としていた。そして、私はそれをとても恐ろしく感じた。この状態で路上教習を始める他の生徒が怖かった。しかし、路上教習が始まると別の怖さが生まれた。実際に路上を走っている人達は他の生徒と変わらない。下手したらそれ以上酷い運転をしていると気付いた。怖かった。自分がどれだけ安全運転をしようが関係ないのだと。こんな中で運転は出来ないと思った。当然、自分の運転は完璧とは程遠い。事故の回避なんて出来るはずもない。だからこそ怖かった。私のせいで誰かが死ぬことも有り得る。怖かった。私は泣きながら母に連絡した。免許を取るのをやめた。お金を無駄にした。私はダメな人間だ。
私は他人を不幸にしてしまう。私は生きていてはいけない。けれど死ぬのも怖い。誰にも会いたくない。でも一人は怖い。一人でいると死にたくなる。自殺したくなる。でも死にたくない。
私の中に完璧な部分は存在しない。それでも完璧でなければならない。完璧な人間などいないと分かっているからこそ自分が完璧にならなければと思ってしまう。自分は不完全だと分かっているからこそ、完全にならなければならないと。
私は完璧主義だ。それだけははっきりと言える。
私は自己分析など出来ていなかった。けれど、それが分かったところで私を理解してくれる人などいない。親ですら。