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「子供は親を選べない」

それは普通悪い意味で使われる。
親から虐待を受ける子供に対してであったり、裕福でない家庭で育ち不満を持つ子供自身が使う言葉。

けれど、ある宗教では、「子供は親を選んだ」のだという。
雲の上には子供だけの国があり、そこから自分の生まれたい親を探しているのだと。
その国はとても幸せな場所であるために、早くその国に戻りたいという気持ちで、直接的に言えば「殺されるため」にそういう親を選ぶのだと。
あの夫婦を助けたい、そういう気持ちで恵まれない親を選ぶ子もいる。
そう言った。

その考えを、その教えを、自信に満ちた顔で、恍惚の表情で、「素晴らしい考え方でしょう」と押し付ける人たち。

それは、誰を救う教えなのか。
それは、子を殺した親のためであり、それを嘆く周りの人間であり、それを悲しむ無関係な人々のためではないか。
今、不幸を味わう子供たちを救うことは出来ない。むしろ、生を諦めさせる言葉ではないだろうか。

「子供は親を選べない」という言葉に対し、何か言葉を返すとするなら、それは「子供は親を選んだ」ではなくて、「親は子供を選ばない」だと私は思う。
どんな子供が生まれたとしても、親は子供を掛け替えのない存在だと想い愛するのだと。現時点ではそうはとても思えないとしても、少なくともその子の存在は無価値なものなどではないと、そう伝えたい。
宗教が弱い者を導くためのものならば、最初に守るべきは子供ではないか。


・・・きっと悪いのは教えではなく、それを使う人間なのだろう。
子を亡くしたことを強く後悔し生きる気力をなくした親たちに与えられた言葉なのだろう。
その言葉を無闇矢鱈に使う人間に問題があるのだ。
家庭事情など他人からは伺うことなど出来もしないのに、子供の前で言うことでは決してないのだ。

宗教を信じているならば、その宝である教えを堕とす真似はするな。