すっかり滞ってしまったアメブロ。
iPhoneからの投稿で徐々に頻度を増やしていきます(^^;;
2012年がスタートして既に10日ほど経っている現状に、今年も時間の経過スピードについていけないかも…と焦りを感じてますが今年一年、無事に過ごせることを願いつつ目標を持って進んでいきたいと思ってます。
今年の7月で東京にやってきて丸5年が経ちます。最初の1年間はすべてが新鮮ですこぶる楽しかったけど、慣れとは怖いもので最近はワクワク感が随分薄れてしまいました。
海外で暮らすようなことでもしないともうそんなワクワク感を得られないのかな、なんてことを考えつつそろそろ腰を据 える重要性も感じとります。
皆様にとって良い年になりますように。
iPhoneからの投稿
iPhoneからの投稿で徐々に頻度を増やしていきます(^^;;
2012年がスタートして既に10日ほど経っている現状に、今年も時間の経過スピードについていけないかも…と焦りを感じてますが今年一年、無事に過ごせることを願いつつ目標を持って進んでいきたいと思ってます。
今年の7月で東京にやってきて丸5年が経ちます。最初の1年間はすべてが新鮮ですこぶる楽しかったけど、慣れとは怖いもので最近はワクワク感が随分薄れてしまいました。
海外で暮らすようなことでもしないともうそんなワクワク感を得られないのかな、なんてことを考えつつそろそろ腰を据 える重要性も感じとります。
皆様にとって良い年になりますように。
iPhoneからの投稿
初めて買ったパソコンはPowerMac G3 B&W 300MHz M6670J/Aだった。
1999年の夏。7月か8月だっただろうか。
当時は音大を2年で終え、ゲーム会社にサウンドクリエイターとして雇って貰うためにイベントのバイトをしながら日々音楽制作に勤しんでいた。
Macを購入する前は高校入学のお祝いで親に買ってもらったKORGのオールインワンシンセi3の内蔵シーケンサーで打ち込みをしていたが、ボタンを叩きすぎて反応が悪く酷使したこともあり、そろそろ限界がきていたためだった。
僕が通っていた音大でも当時DTMの授業があった。
ソフトはOpcode Vision(バージョンは忘れた)
そしてハードは Macintosh Performa 5210 だった(はず)
パソコンで打ち込みをしたのは、それが初めてだった。
Digital Performerではなく、Vision派となった僕はその後、Opcodeの終焉という何とも切ない出来事を目の当たりにすることになる。
在学中の98年の夏から約2年間、いくつかのデモテープ選考をクリアしながらも、残念ながらゲーム会社に採用されることは叶わなかった。
その後も音楽の仕事を諦めきれなかった僕は、イベントの音響のバイトでもいいから仕事がしたかった。
東京へ音響の専門学校へ通うことも考えていた。
そんな時、ネットで地元神戸で音響のバイトを見つける。
それが前々職の会社。
約5年弱、音楽制作とWEB制作、ついでにイベント制作に携わることになる。
その会社ではメインがMacだった。WinもあったがMacを使ってる人がほとんどの会社だった。
今から考えると結構珍しかったのかもしれない。
入社して最初に与えられたのは、上司の個人所有iMacのお古。初代ボンダイブルー233MHzだった。
そして音響のバイトで入った僕に与えられた最初のミッションがその会社のホームページ制作だった。
当時MacromediaのDreamweaver4とFireworks4の同梱セットを会社に買ってもらい、htmlを独学で勉強しながらホームページを作った。
かなり真剣だった。今でもよく覚えている。
まだ23歳の若者だったはずなのに、眼精疲労が激しくて肩が凝りまくっていた。
目のマッサージをしすぎて目が腫れた。
その後、無事にホームページは公開することが出来、新しいMacをリースしてもらった。
それがiMac G3 グラファイトだった。
さらにその後、音楽制作の大型案件を受注したことでPower Mac G4とProtools001、そしてNordlead3とRolandのXV-5080を会社に買ってもらった。
当時、この機材は僕のリクエストで買ってもらったこともあり、モチベーションは最高潮だったように思う。
徹夜もいとわないほど音楽制作とWEB制作にのめり込んでいた。
好きなことを仕事に出来ている実感があって幸せだった。
iMac G3 グラファイトの3年リースが終わる頃、iMac G5を新たに3年リースした。
丁度2004年頃だっただろうか。
それまでMac一筋だった僕は、仕事でMacしか使えないことに危機感を覚え始める。
明らかに汎用性が低かったからだ。
音楽とWEBの仕事だけやっていればMacだけでも良かったかもしれない。
けれども当時の僕はWindowsも使えるようになりたかった。
会社にお願いしてIBMのデスクトップPCを購入してもらったのもこの頃だ。
気持ちはMacから遠ざかり、Winでの作業にシフトしていく。
Macを使うのは音楽制作でStudio Vision ProとProtoolsLEを使うときのみになった。
98年にiMacを初めてみた時は、購買意欲はピークに達した。
その後iMacにカラーバリエーションが出て、ターコイズブルーの2打目iMacを買おうと決めたけど、どうせ買うならPower MacがいいとPowerMac G3にした。
通販で一番安い店を探しまくった。東京のアキバの店にたどり着いたと思う。
銀行振込をしても、入荷待ちか何かでなかなか届かなかった。
もしかして騙されたかもしれないと不安になって頻繁に催促の電話をかけていた。
その後、無事に商品が到着した。
梱包された箱を開ける時のワクワク感は今でも鮮明に覚えている。
あの時のワクワク感が3年前、2008年のiPhone3Gにもあった。
既に東京に来ていた僕は、発売前日、会社の同僚と一緒に表参道のソフトバンクの行列に並んだ。(途中で断念したが)
いつも、いつの時代もアップルは僕たちを魅了してきた。
そこにはいつもスティーブジョブズがいた。
あれだけワクワクさせてくれたのはジョブズのお陰といっても過言ではないはず。
ジョブズが亡くなったことは僕にとっても、やっぱり寂しい。
1999年の夏。7月か8月だっただろうか。
当時は音大を2年で終え、ゲーム会社にサウンドクリエイターとして雇って貰うためにイベントのバイトをしながら日々音楽制作に勤しんでいた。
Macを購入する前は高校入学のお祝いで親に買ってもらったKORGのオールインワンシンセi3の内蔵シーケンサーで打ち込みをしていたが、ボタンを叩きすぎて反応が悪く酷使したこともあり、そろそろ限界がきていたためだった。
僕が通っていた音大でも当時DTMの授業があった。
ソフトはOpcode Vision(バージョンは忘れた)
そしてハードは Macintosh Performa 5210 だった(はず)
パソコンで打ち込みをしたのは、それが初めてだった。
Digital Performerではなく、Vision派となった僕はその後、Opcodeの終焉という何とも切ない出来事を目の当たりにすることになる。
在学中の98年の夏から約2年間、いくつかのデモテープ選考をクリアしながらも、残念ながらゲーム会社に採用されることは叶わなかった。
その後も音楽の仕事を諦めきれなかった僕は、イベントの音響のバイトでもいいから仕事がしたかった。
東京へ音響の専門学校へ通うことも考えていた。
そんな時、ネットで地元神戸で音響のバイトを見つける。
それが前々職の会社。
約5年弱、音楽制作とWEB制作、ついでにイベント制作に携わることになる。
その会社ではメインがMacだった。WinもあったがMacを使ってる人がほとんどの会社だった。
今から考えると結構珍しかったのかもしれない。
入社して最初に与えられたのは、上司の個人所有iMacのお古。初代ボンダイブルー233MHzだった。
そして音響のバイトで入った僕に与えられた最初のミッションがその会社のホームページ制作だった。
当時MacromediaのDreamweaver4とFireworks4の同梱セットを会社に買ってもらい、htmlを独学で勉強しながらホームページを作った。
かなり真剣だった。今でもよく覚えている。
まだ23歳の若者だったはずなのに、眼精疲労が激しくて肩が凝りまくっていた。
目のマッサージをしすぎて目が腫れた。
その後、無事にホームページは公開することが出来、新しいMacをリースしてもらった。
それがiMac G3 グラファイトだった。
さらにその後、音楽制作の大型案件を受注したことでPower Mac G4とProtools001、そしてNordlead3とRolandのXV-5080を会社に買ってもらった。
当時、この機材は僕のリクエストで買ってもらったこともあり、モチベーションは最高潮だったように思う。
徹夜もいとわないほど音楽制作とWEB制作にのめり込んでいた。
好きなことを仕事に出来ている実感があって幸せだった。
iMac G3 グラファイトの3年リースが終わる頃、iMac G5を新たに3年リースした。
丁度2004年頃だっただろうか。
それまでMac一筋だった僕は、仕事でMacしか使えないことに危機感を覚え始める。
明らかに汎用性が低かったからだ。
音楽とWEBの仕事だけやっていればMacだけでも良かったかもしれない。
けれども当時の僕はWindowsも使えるようになりたかった。
会社にお願いしてIBMのデスクトップPCを購入してもらったのもこの頃だ。
気持ちはMacから遠ざかり、Winでの作業にシフトしていく。
Macを使うのは音楽制作でStudio Vision ProとProtoolsLEを使うときのみになった。
98年にiMacを初めてみた時は、購買意欲はピークに達した。
その後iMacにカラーバリエーションが出て、ターコイズブルーの2打目iMacを買おうと決めたけど、どうせ買うならPower MacがいいとPowerMac G3にした。
通販で一番安い店を探しまくった。東京のアキバの店にたどり着いたと思う。
銀行振込をしても、入荷待ちか何かでなかなか届かなかった。
もしかして騙されたかもしれないと不安になって頻繁に催促の電話をかけていた。
その後、無事に商品が到着した。
梱包された箱を開ける時のワクワク感は今でも鮮明に覚えている。
あの時のワクワク感が3年前、2008年のiPhone3Gにもあった。
既に東京に来ていた僕は、発売前日、会社の同僚と一緒に表参道のソフトバンクの行列に並んだ。(途中で断念したが)
いつも、いつの時代もアップルは僕たちを魅了してきた。
そこにはいつもスティーブジョブズがいた。
あれだけワクワクさせてくれたのはジョブズのお陰といっても過言ではないはず。
ジョブズが亡くなったことは僕にとっても、やっぱり寂しい。
6月から進めたプロジェ クトもようやく明日ローンチ。
上流工程では主導権を握れなくてもどかしい思いを何度もした。。
もうダメだと自分を諦めそうになりながらも何とか公開にこぎつけそうだ。
やはり何事にもいずれ終わりが来る。
わかっている。
わかっているけど辛いときはそれが続くんじゃないかと思ってしまう。
プロジェクトを立ち上げると同じくらい大事な作業は終わらせること。
明日、一旦終止符を打って残タスクを整理しよう。
上流工程では主導権を握れなくてもどかしい思いを何度もした。。
もうダメだと自分を諦めそうになりながらも何とか公開にこぎつけそうだ。
やはり何事にもいずれ終わりが来る。
わかっている。
わかっているけど辛いときはそれが続くんじゃないかと思ってしまう。
プロジェクトを立ち上げると同じくらい大事な作業は終わらせること。
明日、一旦終止符を打って残タスクを整理しよう。
かなり久しぶりのブログ更新になりました。
ここ最近、仕事でもプライベートでも忙しく、まとまった自分の時間を取れることがなかった。
6月からスタートした大型プロジェクトも今月9月末でローンチして一旦一区切りつく予定。
今年の夏は昨年の夏と同じように、悩み苦しみもがいていた印象。
自分の思い描くハッピーエンドが見えないプレッシャーと闘いながらの日々。
6月から8月のお盆休みまでは精神的にほんと苦しかったなぁ。
お盆休みは息子の1歳の誕生日も無事に迎えることが出来たし、家族で神戸に帰省して気分をリフレッシュすることができた。
8月の下旬から今月9月はこのプロジェクトの大詰め。
今日から制作物のクライアントチェックが始まり、ボールがお客様のところにあるため少し余裕があるためブログを書いてみる。
仕事のプレッシャーで押しつぶされそうになりながらも、
仕事が追っかけてきてくれるのは、ある意味で有り難い。
仕事がなく、毎日暇をもてあまして暮らすよりもずっといい。
けれども、少しは自分の時間も欲しい。バランスが難しい。
子どもの成長はしっかりを目に焼き付けておきたい。
1歳を過ぎてから今日で1ヶ月。子どもの成長は早い。
もう赤子から少年の顔つきを見せるようになってきた。
オレも親としてしっかりとパパらしいことをしたい。
昨日、中古で買った車を取りに行ってきた。
日産ティーダ2009年モデル、シャンパーニュゴールド。
車の運転は数年ぶり。
店から家まで乗って帰る時にすごく緊張した。
これから休日に家族でドライブするのが楽しみだ。

ここ最近、仕事でもプライベートでも忙しく、まとまった自分の時間を取れることがなかった。
6月からスタートした大型プロジェクトも今月9月末でローンチして一旦一区切りつく予定。
今年の夏は昨年の夏と同じように、悩み苦しみもがいていた印象。
自分の思い描くハッピーエンドが見えないプレッシャーと闘いながらの日々。
6月から8月のお盆休みまでは精神的にほんと苦しかったなぁ。
お盆休みは息子の1歳の誕生日も無事に迎えることが出来たし、家族で神戸に帰省して気分をリフレッシュすることができた。
8月の下旬から今月9月はこのプロジェクトの大詰め。
今日から制作物のクライアントチェックが始まり、ボールがお客様のところにあるため少し余裕があるためブログを書いてみる。
仕事のプレッシャーで押しつぶされそうになりながらも、
仕事が追っかけてきてくれるのは、ある意味で有り難い。
仕事がなく、毎日暇をもてあまして暮らすよりもずっといい。
けれども、少しは自分の時間も欲しい。バランスが難しい。
子どもの成長はしっかりを目に焼き付けておきたい。
1歳を過ぎてから今日で1ヶ月。子どもの成長は早い。
もう赤子から少年の顔つきを見せるようになってきた。
オレも親としてしっかりとパパらしいことをしたい。
昨日、中古で買った車を取りに行ってきた。
日産ティーダ2009年モデル、シャンパーニュゴールド。
車の運転は数年ぶり。
店から家まで乗って帰る時にすごく緊張した。
これから休日に家族でドライブするのが楽しみだ。

原因がわからないけど、気持ちが重たい。
誰しもあるんじゃないかな?
と思うけど、、
不安だらけ。マイナスな事を考えると。
幸せだから不安なのか。
不幸せなら不安じゃないのか。
平穏無事な日々ってどんなだ?
ジッとしていても時間が過ぎて、二度と戻らない。
時間が止まらないことへの哀しみか、せつなさか。無情。
けど、自分はわかっているはずだ。
どん底に落ちても這い上がって幸せを掴むしかないことを。
誰しもあるんじゃないかな?
と思うけど、、
不安だらけ。マイナスな事を考えると。
幸せだから不安なのか。
不幸せなら不安じゃないのか。
平穏無事な日々ってどんなだ?
ジッとしていても時間が過ぎて、二度と戻らない。
時間が止まらないことへの哀しみか、せつなさか。無情。
けど、自分はわかっているはずだ。
どん底に落ちても這い上がって幸せを掴むしかないことを。

帰宅途中、田町付近から浜松町まで歩いている時に車両侵入を防ぐ鎖に足を取られて転んだ。。
右手に持っていたiPhoneは表面のガラスが粉々に。
しかも手首をねん挫してしまった、、
自分の不注意と言えど、何か不運というか、ついてない気持ちに陥った。
実感した事はないが、ついてないこともあればついていることもあるはず。
いま注意しなければいけないのは、自己嫌悪になること。
ついてないことを悩んでも全く埒があかない。
そういうことだってあるんだ、と認識して、次はきっといいことがあるに違いないと思うこと。
そう信じて生きていくことが、未来に繋がると思う。
阪神大震災で被災した時、落ち込みはしたが前に進んだ。
きっと今回の東日本大震災の被災者の方々だって、被害者意識に苛まれてるだけじゃないはず。
悔やんだり恨んだり妬んだりしていては時間が止まったままになって前に進めなくなるから。